悩まない人は、悩まないんでしょうけれど「セッション料金をいくらにするか」について、私は結構悩む人です。



元々私はマーケティングリサーチの仕事を約20年、自営業で手掛けてきています。そちらについては料金設定で悩むことがない。

分かりやすく営利を目的とした活動であり、マーケティングリサーチの市場というのも確立されているし、大体の相場もあるし、センスやスキル、知識の広さ・深さといった客観的なモノサシにおける業者間や個人間の優劣も明確です。(料金の高い人には、客観的な「高い理由」があり、安い人には、客観的な「安い理由」があり、お客さん側の評価が著しく異なる、ということが少ない)

したがって何となく、自分に値段をつけてみたら、何となく、取引先から承認されました、めでたし、めでたしという世界ではありません。

翻ってカウンセリングとかヒーリングとかエネルギーワークとかの世界。

料金をいくらにするかに頭を悩ます私にとってメンドクサイのが「お金のブロック」を語る人。(特に「最近、お金のブロックを外すセミナーに行ってきました~」という感じの高揚感溢れる人)

「設定した料金の高さは、自己価値(自分が自分に認めている価値)の高さと一致する」とか「人は支払った金額の分だけ受け取れるので、料金を高く設定してあげるほうが、実はセッションを受ける人のためになる(=高くするのが人助け)」とか懇切丁寧に説いて諭してくださるのですが、そこまで自信満々に語れる姿をうらやましく感じると同時に(嫌味じゃありまへん)それはそれはたくさんの疑問が生じてくるわけです。(直接言うことはないけれど、以下に書いてみる)

まずは「設定した料金の高さは、自己価値(自分が自分に認めている価値)の高さと一致する」ということなんですが・・・

喩えるならば「同じゴミを拾うにしても、この私が拾うのだから、高いです」というふうにも取れるわけです。

「この私が拾う」ことを価値高いとする背景には何かがあるはず。

そこには「自分を愛する」「自分が大好き」な人間であるのみならず、「ゴミの拾い方が上手い」とか「ゴミを効率良く収集する」とかのセンスや技術の素晴らしさがあるのかもしれませんけれど、本当に拾うのが上手いか、本当に効率よく収集しているか、なんてこと「そうそう簡単にわかりまへんで、あんた」なのが、カウンセリングとか、ヒーリングとか、エネルギーワークとかの本当の本当の姿だと思うわけです。

「あの人は結果を出す」という評判を得たとしても、クライアントが認識できる範囲(とても狭く、限界がある)において、クライアント自身がメリットと感じる変化が生じた場合であり、認識の及ばぬところで変化していても、実はそれがその後のその人の幸せの側面を地味に支えているとしても、セッション後、しばらく経ってから効果が現れたとしても、それらを効果とみなさない場合が多々あります。(そして「受けてみたけれど、効果なかったわー」と評価する)

一方で「相手を思うなら、病気を治してはいけない、癒しを求める心を安易に満たして上げてはいけない」と説く関係者がそれなりの数存在します。私の目から見ると、実力のある人ほどそのように言う。(ブロックやカルマをさっさと解放し、やってきた人をヨシヨシすれば、分かりやすく感謝・評価されると思いますけれどね)

つまりカウンセリング、ヒーリングとは「クライアント自身が感じる成果から、カウンセラーやセラピストの“真実の貢献“を測るのが難しい分野・業界」だということ。

相手(受け手)側から見た「あなた価値(の内容)」はこちら(提供)側の「自己価値(の内容)」と一致することが“ほぼない“。

サービスを提供する側の「自己価値」とは、提供側にとっては意味があるのかもしれないけれど実質“幻(まぼろし)“であり、サービスを受ける側が「カウンセラーやセラピストから受け取ったと思っているもの」も“幻“ってことです。

提供側は、自分が「与えた/提供した」と思っているものを「与えた/提供した」と信じ、提供を受ける側は、自分が「受け取った/提供された」と思っているものを「受け取った/提供された」と信じるほかありません。

そして、それらが重なっているかどうかは、両方の意見や感想が一致したとしても、実際に成し遂げられているかどうかが分かりません。(人知の範囲で、それが明確に分かってしまうとしたら、それは既にヒーリングとは言えませんし、カウンセリングも同様です)

「同じ“幻“なら踊らにゃソンソン♪」を落としどころとして、お金とサービスの交換がなされているのが、この業界の現実。

お互いの真実の姿を見ることなしに、一方通行×2の恋愛をし、お互いが「なんてステキな恋愛なのだろう」と満足するようなもの。

そして「自己価値が高い」というのも、分かるようで分からんあり方です。

少なくとも、その分野における「自己価値が高く」ないと料金を高くすることはできないはずで(可愛いとか、美味しいコーヒーを淹れられるとか、足が速いとかを料金の裏付けにされては困る-少なくとも私がお客さんになるのだったら)その「自己価値」が何で形作られるかがポイントとなってきます。

ということで、この話は続きます。

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