このところ、映画のDVDをよく見ています。

「インディアン・ランナー」という、ショーン・ペン監督による、1991年制作の映画を観ました。(非常に簡単なあらすじ等はコチラを参照ください)

兄は実直な警察官であり、家族思いの、恐らくは「慈悲深い人」。

弟はヤンチャを通り越した不良であり、ベトナム戦争に出征し、PTSDを患った状態で帰国した。

言ってみれば「病んだ人」。

弟と両親の関係は、戦争に行く以前から良くなかったようですが(不良だしね)、小さな頃から兄弟仲はとても良かったようで、ベトナムからの帰還時にも、弟は兄には会いにやってきます。

設定では戦争によるPTSDということになっています。

でも、出征する以前から、破滅型のイッちゃった人だったのではないかと思います(戦争の前と後で、程度の違いがあるだけ)。

余談として、私はヴィゴ・モーテンセンが好きなので、彼が演じる弟役の、危なくて、悲しくて、セクシーなキャラも、派生的に好きです(笑)

この弟は、かなり病んでおりますが、私たち一般的な人間と、実はそんなに変わりがない、ということを感じさせます。

・愛されること、幸せになることを怖れる(自分には価値がないと思い込んでいる)

・とんでもないことをいろいろとしでかすけれど、両親に対する罪悪感がベースにある

・傷ついた子供(インナーチャイルド)が主導権をもち、暴れている

・恋人も兄も彼に「愛している」と言い、実際そのような行為をとっている(兄嫁も、はちゃめちゃな義理の弟カップルに温かい)が、それを試し、破壊する

程度の差はあるかもしれませんが、私たちの内面には、このような「私」も潜んでいます。

弟の恋人も、かなり常識からはズレたところに生きている女性でしたが、妊娠を機に、当たり前の母へと変化していきます(子どもへの愛にあふれた、強い女性になっていく)。

男性は、自分が妊娠して出産するわけではありませんので、父親になる、とは言っても、女性ほどには本質的な変化が訪れない。

「自分だけを見つめて愛してくれていた女」が「生まれてくる子供を大切に考える母の顔」を見せた一瞬、弟は冷血な男へと豹変し、出産を控えた恋人を虐げます。

エライ目に遭うのは、兄やその家族、恋人、彼(弟)に関わる人などですが、彼は自分が幸せになることを自分に許可できず、自分を痛めつけずにはおれないので、行動のパターンとして、周囲に問題を起こしていきます。

子供返りしたかのような、幼稚な、そして無邪気な振る舞いもします。大人になることができない人であることは確かです。

弟は、兄にも恋人にも、とても愛されているのですが、その愛を正面から受け取ることをしませんし、できません。

愛に対して、自分やほかに対する破壊で応えます。

この映画を観て思うのは、愛を、幸せになることを受け取らない(受け取ることができない)人は、関わる人たちに報いることが難しい、ということです。

「受け取り下手」を自認する人は多数います。

「受け取り下手」というのは、その当人にとっての問題(「受け取り下手って損よねえ」くらい)に過ぎないように思われがちですが、周囲の人たちに対する「破壊力」が相当なもの、ということを実感できる映画です。

もちろん、身近な人が「受け取り下手」だからといって、自分が「破壊される」ことを選択することはないのですが。

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