ネットサーフィンで

見かけたブログに

面白いことが書いてあった。



書き手は

セルフブランディングや

起業に関する

セミナーやコンサルをしている人のようである。

 

書きっぷりから察するに

それなりに

名の売れている人なのかも。

 

このところ

自分のところで

学んだ人達から成る

「コミュニティ」に

 

依存的な人が

増え続ける傾向にあり

遺憾に思っている、という内容だった。

 

ここからは私の考え。

 

「コミュニティ」には

いろんな機能があるが

 

そもそも

「相互依存」

より美しく言えば

「相互扶助」

のためにあるのが

「コミュニティ」である。

 

他者のお世話をするだけの

「外面のいい人/お人好し」と

 

他者の世話になるだけの

「善意や厚意に寄りかかる人」

という

 

依存関係の片側の役割しか

果たすことのない人を含め

 

「コミュニティ」とは

与え、受け取ることを

その機能の一部とし

何かしらに対する

「依存(依存する人⇔させる人)」

による『双方向性』で成り立っている。

 

理念ベースの合理性に寄れば

「協同組合」「自治会」

みたいな

“お互い様活動”

になるし

 

感情ベースのギブ&テイクに寄れば

「何かを一緒に学ぶ人達、卒業生のグループ」

「離脱を防ぐ、お仲間活動」

みたいな

“『三人寄れば文殊の知恵』的メリットを与え合う活動”

になる。

 

「コミュニティ」なんてものを

成立させなければ

「依存的な人をどうしましょう?」

と頭を悩ませなくても

「依存的であるとは何事だ!」

と憤慨しなくても

 

「依存的な人」は

依存できる場を求めて

ほかに行くのだけれどね。

 

「自立した人」たちで

よき刺激を与え合い

高め合いたい

のかもしれないけれど

 

「自立した人」は

自由に

自立的に

動いているので

 

「コミュニティ」という

場がなくても

特段、困ることがない。

 

むしろ

流動性に欠ける

「コミュニティ」なんぞに

所属したのでは

 

時間や空間の

自由度が下がり

エネルギーを

取られるばかりとなる

(そのブログを書いている人の「コミュニティ」が、どんなものかは知らないが。「依存」に偏った人に対して、「もらった分くらいは与える人になれよ」と言いたいのかもしれない)

 

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