このところ忙しくて、ブログを書く時間がありません。

…と言うか、ブログを書く必要が、既に私の側にはない気がします。たまには更新するかもしれませんが(旅行に行ったときとか、面白いドラマを見たときとか、家をリフォームしたときとか)、今後はフェイドアウトの方向です。残された記事で役立つものがあれば参考にしてください。

セッションも「是非来て欲しい」「お客さんを増やしたい」「来てもらわないと生活に困る」というのが私にはないので、読んで何か気づきがあり、人生の今までのあり方に一石を投じることができたなら、それで十分に幸いです。

「ダウントン・アビー」の小悪党、他者の足をひっぱる悪巧みに長けた使用人、トーマス・バローさん(向かって右)は興味深い存在です。

スピ系の捉え方のひとつに “インナーチャイルド” というものがあり、自分のなかの傷ついた子どもが生活の折々で暴走して悪さする、そんな様子がトーマス・バローさんの姿に凝縮されています。していることに違いはあっても、こういう “幾つになっても面倒くさい人” が世の中にはたくさんいます(ちなみに私はトーマスも好きです。イケメンだし・笑)。

“インナーチャイルド” のあり方をこじらせた人たちは、トーマスと同じパターンを持っています。私は今でこそ “面倒くさい系” の人でなくなりましたが、思春期から20代にかけては相当なものだったので、そのまま歳を取り続けていたら、今頃はトーマスのようになっていたと思います。

「自分を外側の脅威から守らねばならない」という思い込みが幼少期~思春期に作り上げられ、「先手必勝」「マウンティング」のために、他者に暴言を吐いたり、意地悪をしたり、先制攻撃を仕掛けたりします。前提に弱さ、臆病さ、負ってきた傷があります。物事や他者の言葉を素直に受け止め、正面から解釈することができず、相手が自分に対し悪意をもっているというふうに、情報を歪めて処理・反応する脳内回路を持っています。

相手をするのが “面倒くさい” ひねくれ者であるから親しい友達ができないにも関わらず、自分以外のみんなが仲良くしていたり、自分に対して温かな反応が返ってこなかったりすると傷つき、意気消沈します。底の見えない、大きな孤独のなかで生きています。そして、そんな自分であることに苦しんでいます。

それが “インナーチャイルド” に傷をもつ人の典型的なパターンのひとつです。自分が他者に対してしたことが、他者から自分に還ってきていることに傷つく。要はお子ちゃま。自分はそれに値することをしていないけれど、他者からは温かい反応をもらいたいし、もらえないことで孤独に苛まれる。

私もいろいろな人に出会いますが、よくもその年までこじらせたままで生きてきましたね、と思う人も少なからずいます。当人としては「これが私」と開き直っているか、それを個性と勘違いしているか、どちらかだと思われます。いずれにせよ、かなり無自覚に闇(病み)を垂れ流していることに違いはありません。そういう闇(病み)に基づく行為や発言は、周囲の目には明らかなのだけれど、当人が鋭敏に自覚することが難しい。

グルジェフは、人間という機械のなかには人工的な装置があるとし、それを<緩衝器>と呼びました。

「それは自然によってではなく、無意識的にとはいえ人間自身によってつくりだされたものだ。それができた原因は、人間内部の多くの矛盾―意見、感情、共感、言葉、動作などの矛盾にある。もし彼が生涯にわたって自己の内部のあらゆる矛盾を感じるとしたら、今そうしているように平静に生き、行動することはできないだろう。彼は絶え間ない摩擦と不安をもつことだろう。我々は、自分の人格の中の異なった<私>がいかに矛盾し敵対しあっているかを見逃している。(中略)誰しも自分が気違いだと感じるのは気持ちのよいことではない。それ以上に、このような考えは人から自信を奪い、彼のエネルギーを弱め、<自尊心>を奪い取る。彼は何とかしてこの考えを消してしまわねばならない。矛盾を打ち壊すか、矛盾を無視し、感じないようにしなければならないのだ。人間は矛盾を破壊することはできない。しかし、もし<緩衝器>が彼の内部につくられたら、矛盾を感じるのをやめることができ、相反した見解、矛盾した感情、言葉の衝突からくる衝撃などを感じないでもすむようになる」(「奇跡を求めて―グルジェフの神秘宇宙論」 P.D.ウスペンスキー著 平河出版社)

他者の目には明らかな闇(病み)のパターンを、当人が自覚することが難しいのは、この堅固な<緩衝器>を自分の中に作り上げているからでもあります。メンタルブロックにも、自分を防御するために作られる、という性質があることから、<緩衝器>と重なる部分があります。

「こんな自分を変えることができるだろうか」と懐疑的なトーマスは、侍女のアンナに「今までの自分を振り返るのよ」とシーズン6あたりでアドバイスされています。習慣に基づいて自動的にプログラムがRUNする人間機械から脱皮していくには、徹底的に内観を続けることが非常に重要になっていきます。

私は元々アファメーションをまったく重視していませんが、マインドや肉体を通じて、いろんな手段を使ってメンタルブロックやカルマを取っていったとしても、最終的には内観をやり遂げない限り、覚醒に至ることはないと考えています。

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