不要なストレス」と「必要なストレス(1の続きです。



まずは犬にとっての「不要なストレス」「必要なストレス」を簡単に整理してみます。

不要なストレス  犬の本能や生態にそぐわない環境や状況を、人間が強いるもの
必要なストレス  犬に自信を培うことができるような課題を、人間が設けるもの

「不要なストレス」は、犬の本能的な価値観や優先順位を、人間が無視することによって生まれます。

どれだけ可愛い姿かたちをしていても、犬の本能は弱肉強食であり、そしてまた群れで暮らす動物でもあり、そういった犬たちにとって、最も理解しやすい価値観とは「強い者(上位)に弱い者(下位)が従う」。

(今どきの日本人は嫌いですね、そういう価値原則)

実際に行使するかどうかは別にして、力をもつ者が飼い主であることを、犬が理解し、抵抗なく受け入れている状態が、犬の本能や生態を尊重するうえで、ベストと言えます。

したがって、①一貫性がない、②強さがない、③依存的な、④内面が整っていない(=自分で自分を制御できていない)飼い主の元にいると、犬はストレスを感じるので、少しずつ心身が弱っていきます。

頻繁に下痢をしたり、皮膚にトラブルを抱えたり、免疫が弱くなっていったりしますし、問題行動(無駄吠え/噛む/破壊/不適切な排泄行為/多動など)も出てきます。

 

「必要なストレス」によって何を培うかというと、①耐性、②理解力、③冷静さです。

まずは、耐性と理解力、冷静さが、自分に養われることで、犬は自信を獲得します。

さらに、人間が指示や仕事を与えることで、その達成によっても自信をつけますし、犬の多くは、生き生きしてきます(そして、なぜか健康にもなっていく)。

耐性、理解力、冷静さがない犬に、指示や仕事を与えようとしても、そもそも理解力がないし、人間が何を伝えようとしているのかを感じ取ろうという耐性も冷静さも培われていないので、無理です。

一方で、耐性、理解力、冷静さを開発された犬は、普段と違う状況におかれても、動揺しておかしな行動が増えるということがなく、下痢をしたり、皮膚に痒みが出たりすることも、ほとんどありません。

いわゆる問題犬、傍から見て躾のできていない犬の多くには、耐性、理解力、冷静さが欠けています。

生まれたときから、能力に欠けていたわけではなく、飼い主が開発しなかったのです。

 

こうして見ると、「不要なストレス」とは、動物としての犬における「ベースの部分(本能/生態)」をかき乱すものであり、「必要なストレス」とは、生きていく力と活力を育てるための、ちょっとした障害物(ゲーム/仕掛け)であることがわかります。

 

さて、人間にとっての「不要なストレス」「必要なストレス」とは、どういうものでしょうか。

人間としての「本能や自然な生態」と摩擦を起こすような「不要なストレス」は、「生活のベースやペースを崩すもの」であると、まずは言えるのではないかと思います。

24時間働き続けたり、眠ることをしなかったり、適切な休息を取ることをしなかったり、酸素の薄い高所や氷点下の場所で暮らしたりなども、人間の本能や生態には合っていません。

また人間の場合、動物としての本能的な部分が一致していたとしても、より複雑なマインド(思考や文化)をもっていて、それぞれのマインドの成り立ちと機能の仕方が、てんでバラバラな場合、理解できないものと足並みを揃えないとならない、というのもストレスです。

 

今日から「イスラム国(IS)で暮らしなさい」とか、「首狩り族に入れてもらえ」とか、「ヌーディスト村に行け」とか、「火星人とひとつ屋根の下で共存しろ」となったとしても、自分にとっての「自然」や「普通」と、周囲や相手のそれとが適合しない場合、心身を蝕みます。

 

つまり、物理的な意味に限らず、「自分にふさわしい/自分らしい生き方ができない場(スペース)に居続ける」ことが、「不要なストレス」と言えます。

 

一方で、自分に自信をつけるための負荷は、「必要なストレス」です。

社会で生きるにあたり、「自信がない」のは、多分に「経験が不足しているから」であり、いろんなことを経験している人、いろんなハードル(修羅場)を超えてきている人は、小さなことに動揺しません。

「よくてこの辺り、悪くてこの辺り」と、あらかじめ想定できるだけの視野と耐性が培われています。

動揺しないので、冷静でいられます。

冷静でいられると、他者が見落とすような、いろんなことに気づくので、難局を切り抜けるヒントを得て、活かすことができます。

 

スピリチュアルな世界では

「自信とは、取ったり、くっつけたりできるものではない。何ができるから自信がある、何ができないから自信がない、自信をつけるために何か勉強したり身に付けたりしなくては、というものでもない」

と表現されることが多いですね。

 

「存在の本質的次元」からは、その通りです。

分離があるから、自信が必要になるのです。

「存在の本質次元における自信」の感覚が分かるようになったら、三次元世界における「自信をつけましょうゲーム」の体験型シミュレーションは不要になっていくと思います。

(そう言えば、誰が作り出したのかは知りませんが、「存在給」とかって言葉がありましたね)

 

しかし、人間として生まれてきていますから、何かの行為を通して学ぶということは必須であり、行為を通してしか学べないことがたくさんあります。

未熟な間は「ストレス」であり、「苦労」であり、「立ちはだかる壁」であったものが

「新しい視点を得るためのきっかけ」、「自分に対する問いかけ/謎解き」、「能力を伸ばし開花させるための仕掛け」という位置づけに変化していきます。

(「ネガティブ/ニュートラル」 → 「 ポジティブ」へ)

 

「必要なストレス」とは、三次元世界において、自分をジャンプアップさせる役割を果たし、次なるジャンプアップへと向かわせるもの。

「後から考えてみれば、それがあったからこそ、ここまで上れた」という視点からは「必要」であり、「ストレス」とは言っても、ポジティブに捉えられるべきものです。

 

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