今日、とあるところで、とある人から聞いた話がきっかけで思い出した話を書きます。



大学時代の友人に、人間の基本となる枠組みを自分なりにタイプ分けしている人がいました。その友人は心理カウンセラーです。

彼女が見出したタイプにはいろいろありまして、私は「龍」というグループに属するそうです。

ほかのタイプのひとつに「ヘビ女」というのがありました。

「ヘビ女」の特徴は

①ジトっとしている

(情念の強い人、クリアな明るさに欠ける人とも言えるかも)

②意地が悪い

③男性が行動の鍵(要因)になっている

(意思や態度を決める際の隠れた動機として「男性」の存在がある。男性に執着する傾向がある。すなわち男に弱い)

そして自覚があってもなくても「人の不幸が大好き」。

上記①~③を兼ね備えた女性が、世の中に確実に一定数以上存在しておりますので、上記のような類型化にも妥当性があるような気がします。(実際のところ、人の見極めのチェックポイントとして、とても役立つ)

友人の言っていたことについて、改めて考えてみました。

「人の不幸が大好き」という表現からは

●人の不幸を見ていると心が安らぐ/落ち着く

●問題を抱えていなさそうな人や幸せそうな人を見ると意地悪をしたくなる/意地悪なことを言いたくなる

という「他人の不幸は蜜の味」タイプを連想します。

今までにそういう人たちも何人か見てきましたが、現実の社会では上記以外の別の形をとることもありますね。

それは「自分の価値を上げる/自分の価値を認める/自分の価値を認めてもらうために、他者の不幸を必要とする」タイプの人。

転んで泣いている人がいるからこそ、手を差し伸べて助けることができる。みんなが元気溌剌、健康で、生き生き活動していて、何も困っていなくて、すべてにおいて他の人達のほうが自分よりも満たされている、それでは「自分の価値を確認できなくて空しい」というタイプの人達です。

後者はボランティアや社会活動に対し「普通」以上に入れ込んでいたり、「正しいとされる知識(などに代表される正しさの基準)」を見つけてきては、その大義のもとに他者を啓蒙したいと思っていたり、求められてもいないのに人にお節介をしたり、お世話を焼いたり、つまり「他者に対して影響力を持ちたい(マウンティングを好む)」「他者を変えたい(そして、それは私の力あってのことよ、と思いたい)」。

そのために「他者に問題を見つけ、そこを取っ掛かりにして接点を持とうとする」という傾向をもっています。

前者のような嫉妬心の強い「他人の不幸は蜜の味」タイプと、後者のような承認欲求の強い「お世話焼き」タイプの混合型も存在します。

いずれであっても「ヘビ女」とは、当事者(「ヘビ女」のターゲットになる人)がその人自身を不幸と思っている、いないに関わらず「相手の何かを不幸認定して(=問題視して)自分の生きるエナジーの糧に変換していく」タイプと言えます。

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