3泊4日の出張から、先ほど戻りました。

今日はもう、仕事をせずに休みます。

 

先の記事からの続きです。

「他者をこきおろす」文化と人柄(1)

「他者をこきおろす」文化と人柄(2)

「他者をこきおろす」文化と人柄(3)



「他者を自分の欲望のままにこきおろし」

「その状況に甘んじさせる」のは

 

私のなかでは

「俺の酒が飲めんのか」

酒をお猪口に注いでは

自分の目の前で

無理やり飲ませる行為と

同じ領域にあるものでして

 

どちらも

「俺のウ●コを食えんのか」

の精神的バージョン、

“精神的スカトロプレイ”

に入ります。

(その人<=俺>が、ダダ漏れにしているのは その人<=俺>の“精神的な排泄物<=未消化の闇やストレス>”。相手を捌け口にして、それを受け止めることを強い、受け止めるかどうかを、関係性の踏絵にし、自分がスッキリしようとしているわけです)

 

精神的な

「支配―被支配」であり

「SM(サドマゾ)的関係」でもあります。

 

そういった類の行為は

“同好の士(=マニア)” 同志で

人の目につかない場所

や密室で行なうのが

“スマートな大人の嗜み”

というもの。

 

そういった性向を

もっていない人にとっては

立派な “ハラスメント”

であり “倒錯的” です。

 

なぜ、田舎には

「他者をこきおろす」行為を

微笑ましいものであるかのように

錯覚する人が多いのか。

 

それは

先の記事にも書きました通り

 

ひとつには

歪んだ

コミュニケーションスタイルを

自然なものとして

代々継承してきているからです。

 

もうひとつには

「仲間内(グループ)」

のメンバーとは

 

グループから

飛び出すことが

あってはならないもの

と認識されており

 

それゆえに

「グループのカラーと異なること」

「集団から抜きんでること」

をさせぬよう

 

ターゲットとなる人の、

あるいはメンバー相互に、

気分を萎えさせ

足を引っ張る必要があるからです

 

恥をかかせたり

その人の

尊厳を損なうようなことを

言ったり、したりします。

 

(足並みを揃え、同レベルのことをしている間は、居心地が良く、仲良しでいられる。一般論として、人は一人では生きられないかもしれないが、それにも増して「集団>個人」と位置づけないと、自分が生きていかれないと思い込んでいる村社会の姿である)

 

そういった人達は

自分に自信が

あるわけではないため

自分達の嫉妬も

そのような形で表現します。

 

「グループから自由である人/あろうとする人」や

「ちょっと、ほかとは違う人」

に牽制の

先制攻撃を仕掛け

 

「お前は、大したことのない奴だ」

というアピールを目的に

示威行為を展開するのです。

 

実際には

「お前は、(冴えない)自分達と比較しても、大したことのない人間なのだ」

というように

(冴えない)という自覚が

深層心理

あるからこその

 

相手を引きずり落とさんとする

示威行為なのですが

 

そういう自分の

後ろ暗い根っこを

誤魔化すためにも

ほかの誰かを

血祭りに上げないわけにはいきません。

 

それが「こきおろし」です。

 

日本には

「こきおろし漫才」

という文化(?)がありますが

それにも次回は触れて

このシリーズを終わりにしたいと思います。

 

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