「デスパレートな妻たち」、ようやくシーズン4の視聴に突入です。



「その人がどういう価値観をもち、何に価値を置いているかは、細大漏らさず、その人自身の生き方に現れる」

これは私のオリジナルの言葉ではありませんが、素晴らしいと感じるので引用させていただきました。

この言葉「今さら、それがどうした?」的でありながら、ものすごく的を射た表現だと思います。

つまり「生き方そのものが、その人のすべての価値のあり方/置き所を示している」。

小さなことから、大きなことまで。

最小単位の「細胞」のような価値観が、大きなスクリーンに映し出されるかのように、生活や人生の「大きな部分」を形作っています。

「無垢で無防備なあなた自身」を生きることが、この世での「生き方」になっていないのが現状で「ある固定性をもった価値観を生きる」ことが、この世における大多数の「生き方」です。

自分に置き換えて考えるのが難しければ、身近な人達やドラマの登場人物などで検証すると分かりやすい。

今さらながらの「デスパレートな妻たち」においてもスーザン、リネット、ガブリエル、ブリー、キャサリンなど登場人物の生き方、振る舞いを観れば、そこに、彼女達それぞれの価値観がすべて表れていて、彼女達は「価値観を生きている」ことに気づくはず。

だから、人は他者の目から自分の何かを隠して生きているつもりでいても、自分では気づいていない潜在的な価値観のあり方/価値の置き所すらぜーんぶ、見せびらかして生きているんです。

何をどんなふうにして、他者に対して何を言い、どんなふうに振る舞い、出来事に対して、どのように対処するか。

もっと物質的に言えば何を食べ、何を着て、何が好きで執着し、何が嫌いで排斥し、何に時間やお金を使っているか、それらもすべてあなた自身やあなたの生き方を示すものであり、すなわち、あなたの価値観を表わすものです。

その部分に自覚的になることで、自己観察はさらに進みます。

わざわざ「自分らしさ」を探求しなくても、すでにあなたは「自分らしさ(メンタルブロックやカルマを含め)」ダダ漏れで生きています。

したがって探求するとしたら、歪みやバイアスのかかる前の「自分らしさ」について行なわれるのが妥当で、それは、固定的な方向に寄った価値観を保持する以前の「自分の状態」です。

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