「弱い人」についての考察(1)


ネット天気予報によれば本日は「晴れ」。

しかしながら、どこをどう見ても曇天。

雨が降りそうな感じすらある。

今日は梅を干すことができません。

あなたの「空(くう/コンシャスネス)」を広げる案内人&草の根ブロガー、あつこです。

 

少し前の記事

「待つことができるということが豊かさである」

と私に述べた

ベンチャー企業社長の話を書きました。

 

それがきっかけで

「弱い人」について書いてみる気になりました。

お盆が近いせいかも(意味深)。

 

その社長は「弱い人」でした。

そして「弱い人」が好きでした。

(多分「強い人」が好きではないと思う。「強い人」が怖いのです)

 

大学生の頃から

起業に関心があり

そういった大学生による組織を主宰し

 

卒業後は

ごく短期間の勤め人の経験を経て

起業家となりました。

(ゆえに、メディアに取り上げられることもしばしば、自由人っぽさもあり、それなりに名が知れていた)

 

結局、その十年後くらいに

投資家から集めたお金を派手に使い果たし

刑事事件にも発展する形で失踪しました。

 

同情できない点が多々ありまして

「お気の毒に」とすら思いませんが

 

2017年においては

事件が時効になっているはずなので

今は表に出て

再び賑やかに活動しているのかもしれません。

 

そういった人が

なぜに多数の人望を集め

多額の投資や出資を募ることができたか、

ですが

 

「弱い人」は

「無意識のうちに、他者の弱さを上手に使う」

という、引き寄せ的に言うと

『波動共鳴の法則』を地で行ったこと

 

加えて自分の「甘さ」を

「志が篤い」と置き換えることのできる

ご都合主義的な

マインドの構造をもっていたことが

大きな要因と思います。

 

この世では

「弱い人」も有名になれるし

お金ももてるし

人も集められるし

社会的な力をもつことができるってことね。

 

人・モノ・金を獲得すれば

「弱い人」っていう部分も

一見したところでは

目立たなくなりますし

 

上場を控えた会社の社長ともなれば

周囲の人達も

自らの思い込みで

曇らせたフィルターを通し

その人を「素晴らしい人」と見るようになります。

(その社長も、何から何まで、すべてが素晴らしくない、というわけではなかった。見所のある点が、もちろんあった)

 

(つづく)

 

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