「弱い人」についての考察(6)


先の記事からの続きです。

「弱い人」についての考察(1)

「弱い人」についての考察(2)

「弱い人」についての考察(3)

「弱い人」についての考察(4)

「弱い人」についての考察(5)

 

おじさんは、その後、自殺しました。

 

その出来事の前に

たまたま出会った人によれば

とってもすっきりとしたよい表情をしており

何かはよく判らないけれど

大きな区切りがついたのかな、という感じがしたそうです。

 

社長の奥さんの口からは

「その頃は、人生に飽きて、これ以上生き続ける気持ちがなくなったという印象だった」

と語られました。

 

その後、数年が経ち

ある心理手法に関する合宿で

私は九州に行きました。

 

そこで、友人の友人に当たる人に

夕食を御馳走になりました。

 

その友人の友人に当たる人が

「イタコ体質」でして

その場でなぜか

そのおじさんの話になり

 

「あなたはとても優しいのね。それが分かるから寄ってくるのよ。あなたを通じて伝えたいことがあるのよ。ほら、こうして話していたらやってきたわ」

と、あまりにも普通のトーンで語られ

私は唖然としました。

(…と書いていて、やばっ、後頭部がきしんできたわ。おじさん、来ないでいいから、あなたの源に還って~)

 

そこまでだったら

巷によくいる

「私には見えるの、分かるの」

という人のひとりに過ぎません。

 

その方は

「なかにはね、生きることに飽きたということが、死ぬ理由になる人もいるのよ」

と、さらっと言いました。

 

彼がなぜ死を選んだかについて

知るよしもないため

 

私からは何も話していないにも関わらず

「イタコ体質」の彼女の言ったことは

ほかの方々の証言と見事に符合します。

 

「生きることに飽きた」

 

日々、誰かに奢ってもらい

酒を飲み、カラオケを歌い

楽しく過ごすことにも飽きた。

 

言いつけられた仕事を

トンズラして

街をプラプラすることにも飽きた。

 

そういう人生ではない

いわば「まっとう」な路線を

チャレンジングに生きるという

取組みにも飽きた。

 

単に「人生に飽きたから自殺した」そうで

自殺のイメージにありがちな

暗く重い動機とはちょっと違うんだそうです。

 

おじさんの抱えていた苦悩について

私には分からないことがほとんどですが

 

「人生を退屈と感じる」

というトーン&ニュアンスについては

何となく分かります。

 

人生って

どんなことが起きて

何がどうであったとしても

 

何を獲得し

何を失ったとしても

 

時間軸を

ただ生きるだけですからね。

 

スピリチュアルの世界の人などが

「人生はゲームであり、遊びだ。私達は創造主。何でもできるし、楽しもう」

と言ったりします。

 

そちら方面に向かう人がいる一方で

「ゲームそのものに飽きて “quit” ボタンをクリックしてしまう」

そういう人がいても

とりたてて不思議ではない気がいたします。

 

頭部と首、肩のあたりが

おかしな感覚になってきましたので

この話はおしまいにします。

 

それでは、よい一日を。

今日から、フルフィルメント瞑想の教師アップデートコースに参加してまいります。(後日続編を書くかもしれませんが、このシリーズは一旦終了です)

 

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