アクセスコンシャスネス 3-day body Class with Margaret Brunack in 東京 を修了しました。これからは50種類以上にもなる、アクセスコンシャスネスバディプロセスのプロセスすべてをセッションにて扱うことができます。



現在、バディプロセスファシリテーター申請中。手続きが完了すると、それらのエナジーに関するプロセスを教えることができるようになります。

3日間、日中は 3-day body Class 。夜は、アクセス・エナジェティック・フェイスリフトのセッションをさせていただいていました。

そして、今回の東京滞在では、心がここにある、ステキなレストラン・飲食店に出会うことができました\(^o^)/

[フクモリ]

山形の3旅館による、和食のノウハウと山形の自然が育んだ食材を活かした、ひとりでも立ち寄れる「カフェ兼定食屋」。

↑ 文化的、あるいは意識高い系。発信型ショップ。

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[東京MEAT酒場]

おっさんも気軽にイタリアンを食べられる酒場(と、食べログには書いてあった)。

↑ この店はスゴイ!一緒に行った友達も大絶賛!熟成蝦夷シカも美味しかった!

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話を 3-day body Class に戻しましょうかね…。この3日間を終え、今朝になり、自分が、またしても、えらく変化していることに気づきました。

レクチャーやファシリテートにも刺激されるところがたくさんあるし、とても面白くはあるのですが今の私は、他者からトークや言語で教えてもらえることってないと思っているんです。

ゴーマンかましているわけではなくて、それぞれの人の人生やキャリア、個性を素晴らしいと思ったうえで。

アクセスに限らず、どんなクラスでも、どんな人からも、聞いたことのないような話や雷に打たれたかのような感覚を覚える斬新な発想を耳にすることがありません。

それぞれの、その瞬間の立ち位置において「そういう世界観、とらえ方もあるよね」と感じるだけ。

「これは枠組みではない」「単なる世界観を超えている」「解釈の次元に留まらない」「普遍的な真理である」とかと言っても、言葉にした時点で、すべてが既知の枠組みのなかに収まるように、それを避けられないように、この世の中は出来ている。その上で、それぞれの人が、何を感じ、何を選択するか。

それに対し、バディプロセスのようなボディーワーク、エネルギーワークは、言葉や概念を超えたところでも機能しているので、3日終わってみれば「あらら、こんな自分になっているなんて…」という体験と驚きがあり、私にとっては、そちらのほうがありがたく、貴重なのです。

今回の 3-day body Class では、マーガレットの「人は正しくあることにこだわって、制限をかけ、自由を失い、チョイスの可能性を無くしている」という言葉が、最も印象に残っているかな。(この言葉をとっても、特に珍しいことを言っているわけではないと思う)

「正しくあること」を採るか、「自由であること」を採るか。

そして、私のこの3日を終えての変化とは「ますます、スピリチュアルなことに関心がなくなった」(笑)。

スピリチュアルな世界に、まったく関心のない人がこの文章を読むと、十分なまでにスピ臭いのかもしれません。しかし、そんな私は、実はですね、世にあまたある、スピリチュアル関連のブログとか、まともに読破できないのです。

理由らしきものは、いろいろありますが、人様にケチをつけるのは、ここでの本意ではないので省略します。

ひとつだけ言うとしたら、自由で、意識が開いている「かのようなこと」を書いていますが、依然として、大きな枠組み(仮想空間)において「自分の設定に基づいて正しくあること」「これが真実・真理と自分が感じたことを、正しさとして設定すること」の囚われのなかにある人が目立つ、ということでしょうか。(世の中的な正しさというよりは、自分にとっての正しさね)

本当に分かっている人、ならびに既に自由な人において、せっせとブログを書くという行為は、あんまり起きないことだと思うのよね。言葉にして、伝えられること、伝えたいことなど、ほぼ何もないはずだから。

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