4月から3カ月(というか3日)にわたり、東京へ瞑想の学びに行きます。

 

瞑想をするようになったのは、28歳の頃。

このたび再び学びに行こう

思っている団体(※至極まっとう)のクラスがスタートでした。



密教ヨガの行法をベースとし

結跏趺坐または半跏趺坐で座ります。

スケジュールが折り合えば

水行、断食行もしていました。

(断食行は得意ですが、水行は苦手。中学生のときは水泳部だったのに・笑)

 

私が教師をしている

フルフィルメント瞑想には

厳しい座法の指定がありません。

それに比較すると、肉体的/精神的に厳しい道でした。

 

その後結婚

引っ越したり

自営業へと転換して多忙になったりで

瞑想やヨガとは離れていきました。

 

毎日起きて、働いて、

家庭人として暮らし、また眠る、

という一般的なサイクルを繰り返す生活へ。

 

母の他界をきっかけとし

スピリチュアルな世界を思い出し

カバラ、フルフィルメント瞑想、

潜在意識のブロック外しなどを学ぶようになるまで

 

これほどまでに

仕事漬けの人は滅多にいないでしょう、というくらいの仕事人間でした。

 

このところ、回帰が続いています。

 

フルフィルメント瞑想は

毎日続けていますし

これはこれでよいのですけれど

 

丹田に重心をもってきて

エネルギーを回していく

伝統的な行法を

もう一度学びたい。

 

そんな気持ちがあふれ出てきて

すぐに申込みをしました。

(後付けの理由で、とにかく、もう一度やりたかった、それだけ)

 

瞑想も長く続け

上級になると

座法はあまり重要ではない

と言いますし、確かにそういう面があります。

 

しかし

座法や呼吸法などをもって

肉体方向からも

アプローチする瞑想の体験

 

それは

あくまでも無理をしない体勢で

日々行なう瞑想のそれとは、また違うのですよ。

 

これからは

肉体的な感覚と

霊的次元(アストラルより上位)の身体感覚を

 

もっと識別しつつ

瞑想していきたいと思っていたので

とてもよいタイミングで

セミナーに参加できて嬉しく思っています。

 

28歳のときとは

諸々異なりますけれど

らせん状に回って、またもとの位置に戻ってきたようです。

 

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