昨年の今頃、フラワーアレンジメントに使って残ったアジサイの枝をもらってきて、しばらく水をはったグラスに入れていました。芽が出てきたので、その後庭に挿し木しました。今年はどこまで成長するのかな。

このところ、家の中のコンセントや、目に見える部分の配線を整えることに燃えていまして、そのプロセスで屋根裏(2階の上にある)とキッチンの灯りも交換することにしました。

延長コードやタップも、今まで使用していたものは廃棄し、新しく設置。パソコン周りとか、いろんなケーブルがあってスッキリしないので、それを整理できるかな~と考え、百均でコード整理グッズを購入したのですが、見事に使えなかったため、こんなふうにして遊んでみました(3匹の仲間達)。

ウチは昭和レトロな家。戸棚に木製コースターがあったことを思い出し、ひっくり返してアニマルズを貼りつけ、アクリル絵の具で色付け。しょーもないことをしていますが、楽しいです。

さらに余談ですが、向かって左のアレンジメント(↑)は、プリザーブドフラワーで、私が作りました。元々はこんな感じ(↓)でしたが、入れ物のキンキラ感が周囲から浮いている気がしたので、家にあったペーパーナプキンとバスケットに入れました。



さて、ようやく本題です。でも、ここまでの話も無関係ではないのよ(笑)。

我が家が現在の地に住まうようになったのは50年ほど前から。

当初、当住宅地は「ちょっとリッチな人達の住むエリア」をコンセプトとして開発されたのだそうです(真の高級住宅街の足元に遠く及ばないレベルであるが、少なくとも中流の“上”以上という立ち位置であったらしい)。実際のところ、リタイヤ層(中高年以上)には、有名企業の元社長や元お偉いさん、自営業で、ここにある家以外にも、いくつか家を所有している人というのが少なくありません。大金持ちが住むようなところではないが、小金持ちは結構いる、かつてはそんな場所だったようです。

そんな当住宅地においては、所有者である、お年寄りがお亡くなりになると、土地が売りに出され、元々は1軒の家&敷地だったところに、3~4軒の建売住宅が建設される、というのが現在の流れ。そして、このエリアの世帯数はどんどん増えていき、それに伴い、所得水準が下がっていっている、と聞きました。とは言っても、中流だと思いますけれどね。

建売住宅を購入するのは、子どもをこれから作りたい、あるいは既に小さな子どものいる夫婦が多いため、30代くらいの人がメインと思いますが、このエリアに限らず、今の日本のその世代の所得水準は決して高くなく、景気を反映して伸びも小さい気がしますので、ある面で日本の縮図のようなもの。

そして、この住宅地は現在「長く住んでいる年配者 vs 小さな子をもつ子育て世代」、すなわち「注文住宅層 vs 建売住宅層」という、二極に分かれている感があります(その二者が勢力として対立している、という意味ではありません)。

面白いなあと思うのは、建売住宅というのは、建物が似ているだけでなく、通りから見た感じそのものが似ています。家の前のスペースには車が2~3台停めてあり、1台はワンボックスのファミリーカー(VOXYとか、ベルファイアとか、アルファードとか)、もう1~2台は普通自動車と軽自動車。鉢植えのお花を飾っている家もあるけれど、自転車、三輪車、キックボードなどが玄関脇に置いてあって、いわば「顔が同じ」なんですね。似たような外観の家に住んでいるにも関わらず、そこに住んでいる家族は、結構いろいろです。超マジメ風からマイルドヤンキー風、都会風からカントリー風まで。

片や注文住宅グループ。家を見ていて楽しいのは、こちらのほう。新しくても古くても、洗練されていてもダサくても、その家に住む人達の価値観や世界観が、見事に結実していると感じるのですよ。「なぜここを、こんな風に作ることにしたのかな?」とか、思い巡らせながら住宅地を歩くのは楽しいです。建売住宅の場合、庭と呼ぶほどのものがないか、あっても似たような樹木が、似たように配置されているだけですが、注文住宅の場合、庭もいろいろで、始めは造園屋さんがアレンジしたのかもしれないけれど、年月を経て「その家だけの庭」になっていき、ほかが真似できない、取り替えのきかない厚みみたいなものがあるのです。もちろん家も同じ。ある年齢を超えると人間も「自分の顔に責任を持て」と言われたりしますが、家や庭は、顔と似ていますね。

人間のすること、何を選び、大切にするか、何を軽視し、ないがしろにしているか、基準や指標、価値観など。そういったものって、家や庭のような外側にも表れるけれど、細胞のひとつひとつまで掘り下げていっても、すべてに等しく含まれているのだろうなあ、と感じます。長くなってきましたので、続きはまた後日。この先の話があります(笑)

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