取り寄せていたダイニングのペンダントライトが届きました。

【まずはBefore】 ※特別出演:愛犬ニケ(16歳)

私は45年くらい使っていた、このヤマギワのライトの昭和感が大好きでした。

しかし、現在は同様の製品(形、素材、色)を見つけることができません。

今は、小さ目のペンダントライトを複数吊るす、というのがトレンドのようで、それは私の食卓に合わない。

そして、ようやく見つけたのが、こちら。

【After】

期間限定ポイントを1000円分プレゼントされたチャィハネ(上のライトを買ったのとは別の店)でも、教室のトイレ前の灯りを購入して取り替えました。

【Before】

不満があったわけではないけれど、面白みが感じられるほうがいいなということで。シェイドと電球の間が狭いためか、内側に結露みたいなものを発見することがあって、35年使っていますからね、潮時でしょう。

【After】

毎度、家の話が長くてすみません。

年が明けた頃、私は家中の水回りの部品を交換して回りました。それで水圧のバランスが変わったのか、このところ、ウォーターハンマーと思われる現象が気になるようになったため、水撃防止器を順次取りつけていくことにしました。昨晩まずは3つ注文したのですが、なぜかそれ以降、ウォーターハンマー現象が起きない(^_^;) 水回りに再び私の注意が向いたところで、ウォーターハンマー君の役割が終わったのかな(笑) 細かく見ていけば、家も意識から出来ているのでしょうから、家は家で、独自の意思に基づいて活動しているのかもしれません。


「その人の人生が透けて見える」シリーズの多分最終回は、「その人にとっての『自分の世界』」。

このところ、犬の散歩時間を早めています。理由はふたつ。ひとつは、暑くなってきたので、涼しい時間に犬を散歩させたい。もうひとつは、朝1~2時間、庭の草取りをしたい。

散歩の時間を早めたことにより、小学生の集団登校シーンに出会うことがあります。

入学シーズンということで、学校に行きたくないらしく、大泣きして親御さんに引っ張られて集合場所に向かう新入生も見かけます(そう言えば、昨年もそういう子を見た)。

とお~い記憶過ぎて曖昧ですが、学校に行きたくない子というのは、私が小学生だった時代にも当たり前のようにいたと思います。しかし毎日家の中だけでなく、外に出てからも大泣きで、お母さんが途中まで一緒の子どもというのはいなかったか、とても少なかった気がします。幼稚園に登園し始めた子どもの場合、慣れるまでは、そういうケースが多々あると思うのですが。

私は学校に行くのがイヤではなかったので「今の子どもは、昔の子に比べて成熟のスピードが遅いのかしら」と、そのエピソードを知人に話したところ、「自分の家庭に、『自分の世界』を持つことが出来ている子どもは、学校に行きたがらないものだ」と言われました。

ほう!なるほど!確かに我が家の場合、支配的性格で厳しいオカンと家にいるくらいだったら、学校にでも行っていたほうが気がラクという面もあった、ということを思い出しました。

その一方で「自分の家庭に、『自分の世界』を持つことが出来ている子どもが、学校に行きたがらないのって素晴らしいことですかね?」という疑問も持ちました。

不登校を例にとると「どうにかして学校に行ってもらいたい」と苦しむ親もいますが、「学校に行くことを選択しない自分の子どもは、そこら辺の普通の子どもとは違う感性と能力をもっていて特別なのよ」というふうに思っている親もいます。

「自分の家庭に、『自分の世界』を持つことが出来ている子どもは、学校に行きたがらないものだ」と言った人は、それについて「素晴らしい」と表現したわけではありません。しかし「自分の家庭に、『自分の世界』を持つことが出来ている」子どもと、「持つことが出来ていない」子どもだったら、前者のほうが、あたかも素晴らしいかのようではないですか。

ところで「不登校児の98%が幼稚園出身」という徳島大学の調査研究が過去にありました。保育園出身者には、不登校が少ないということのようです。

単純なものの見方をすると、より広い社会や人間関係への適応力、それら(社会や、親以外の人々)を信頼する力がより育つという点で、保育園は幼稚園より優れている、と言えなくもありません。保育園児は「家庭に『自分の世界』を持つことができていないのか」と考えてみますと、一面ではそうと言えますが(家で親と過ごす時間が、幼稚園児より短い)、一方でより広い社会に順応し「家庭以外にも『自分の世界』を持つことができている」可能性があります。

「自分の世界」を、自分の家庭にしか持つことができなければ、家や親から離れて過ごすことにストレスを感じるかもしれません。家の外に出ても、そこで「自分の世界」を生きること、そこに「自分の世界」を見つけることに、小さな頃から慣れていれば、外に出ることや集団の中にいることの負担感が小さくてすみます。

大人になってからも「自分にとって居心地の良い世界を、どのくらいまで広げていくことができるか」「自分の世界を、いかに他者のそれと共存させられるか」に関する能力が高いかどうかは、その人の人生や世の中に対する、独自の思い込みのパターンにも影響を与え、外側の世界への反応の仕方を決定する、ひとつの大きな要素になると感じます。

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