6月2日(土)朝5時55分、愛犬ニケが旅立ちました。16歳3カ月でした。死を覚悟する状態になってから、そして食べなくなってから10日目の早朝のことです。

6月1日の午後、玄関のアプローチにて。

苦しむことなく、静かに、私の手の中でこの世を去りました。その3日前に、昔購入したオラクルカードを引いてみたんです。テーマは「私とニケ」。現在は、ほとんどカードリーディングをしませんが、状況が状況だったので、自分以外の存在からのメッセージも聞いてみたくなりました。

過去、現在、未来、総括というふうに私は解釈します。

 

[過去] FREYJA(北欧の女神) 「大胆」 ”Unleash your adventures side! Take risks be daring.”

[現在] LAKSHMI(ヒンズーの女神) 「明るい未来」 ”Stop worrying. Everything in going to be fine.”  ※日本語解説としては「あなたとあなたの家族は守られており、必要なもので満たされる」

[未来] ISOLT(ケルトの女神) 「永遠の愛」 ”The love you have shared is eternal, regardless of the situation.” ※「あなたたちが分かち合った愛は、どんな状況であろうと永遠です」

[総括] MOTHER MARY(イエス・キリストの母) 「奇跡がやってくる」 ”Have faith that your prayers have been heard and being answered.”  ※「あなたの願いが天に届き、聞き入れられたことを信じてください」

 

私の願いは、コチラにも書きました通り、「次の世界へ苦痛なく移行できますように」でした。

したがってニケは守られて、しかるべき次の世界へと平安に包まれて移行するのだろうと思いました。

少しずつ衰弱が進み、5月29日頃から、立ち上がって歩くのがおぼつかない状態へと再び戻っていきました。

首輪を外し、被毛をブラッシングし、首や肩、耳の辺りなどをマッサージ。ぴったり体をくっつけて、くつろいでいる姿がとても可愛かった。

家の事情と言うか、人間の事情により、骨の一部をかつて毎日楽しく過ごした葉山の海に帰したいという気持ちがあったため、火葬後に返骨してもらいました。

記事の投稿後、お供えやお花をいただきましたので、写真を差し替えました。

収骨時に、「すごく丈夫な骨ですね。どんなものを食べていたんですか?16歳ですか。きっとストレスのない暮らしをしていたんですね。私はね、ここで仕事をしているときに、飼っていた犬が死にましてね、その後、ちょっと引きずりました。最期まで一緒だったというのは、羨ましいです」と、係の方に言われました。

嬉しい御言葉ではあったのですが、歯石や口内の健康にもっと気を配っていれば、ニケも腎臓を悪くするタイミングが遅くなり、元気でもっと生きることができたのでは、という気持ちもどこかにありました。しかし「たられば」はマインドのチープなトリック、自分で自分を誤魔化すループなので、そこに落ちるのは意味のないことです。

もちろん、ピカピカの歯であることは素晴らしいですが、個体によっては口内の衛生に気を配ったところで、歯や歯茎とは別の健康問題が生じるのかもしれません。それを飛び越えて、自由に何でも選択でき、コントロール可能であったかのように思うのが人間の傲慢なマインドなわけで、実際にはココにも書いたように

「もしあのとき、もうひとつの選択肢を選んでいたら」という、「たられば」は、現実には起こり得なかった、想定上の可能性に過ぎない。常に、その瞬間に採りうる選択はひとつである。「たら」とか「れば」のほうを選択する余地は、そもそも存在していなかったのである。

なのですよ。

急に具合が悪くなり、10日後に逝った愛犬。10日の間に、私はいくつもの選択をしました。ひょっとしたら、ニケも魂レベルで、いくつかの選択をしたのかもしれません。そして、そういうのって、一見すると、私や犬や、生きているうちにお別れにやってきた、かつてのパートナーの主体的な選択によってコトや流れが作られていたかのようですが、本当にそうなのでしょうか?

あたかも主体的に「する選択」がある一方で、気づかないところで「させられている選択」がある。そんな気がします。

(つづく)

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