NETFLIXでの配信が終了になると聞き、急いで観たBBCの「戦争と平和」(トルストイ作)。「HAPPY VALLEY」でサイコパスを演じたジェームズ・ノートンが公爵アンドレイ役。

心に残っているセリフがいくつかありまして、ひとつは戦傷により死に際のアンドレイから元婚約者のナターシャへ。

(アンドレイ)世界は愛されたがっている。(中略)アナトール・クラーギン(←妻帯者でありながらそれを隠したうえで、アンドレイの不在時にナターシャを誘惑)。 僕の敵だ。 彼は負傷し、僕が担ぎ込まれて目が合ったとき、彼をとてもいとおしく思った。 彼は悪いやつじゃない。 ただ自分でどうしようもないんだ。

もうひとつはアンドレイの友人で、フランス軍の捕虜となった伯爵のピエールの言葉(彼は後に解放され、親友アンドレイの死によりナターシャと結婚)。

(ピエール)苦しみは不幸な事だとされている。 でも、もし捕虜になる前の自分のままでいたほうがよかったかと問われれば、喜んでもう一度捕虜になると答えるだろう。(中略) 人生が軌道から外れると、もう何もかも終わりだという気持ちになる。 でも、それは何かすばらしい事への始まりでもある。人生が続くかぎり幸せはある。 行く手には多くの幸せが待っている。

原作が長編であるにも関わらず、1シーズンで構成されているのでストーリー展開が早く、ピエールの捕虜生活について触れているのは1話程度。シリーズの最後に、この含蓄あるセリフをもってくるにしては捕虜生活についての描写が少ないと思いますが「捕虜になる」とは隠喩であり「人間として生きること(すなわち人生)」を言っているのかもしれませんね。

さて平成最後の日。インターホンの工事をしました。戸外からの声はよく聞こえますが、家の中にいる私の声が外の人に聞こえづらいらしいのです。単純な交換ならば、インターホンからモニターホンであろうと私にもできるのですよ。

しかしNTTの電話機を介してインターホンに接続する設定となっており、もうひとつの難題が先の記事で触れた某ウインタースポーツ元世界チャンピオンの職人さんが外塀を改修した際、セメントでインターホンを埋めていったため、交換するに当たり、設備を塀から掘り出さねばならないことでした。

彼は自分が滑ってきた、いろんな山や傾斜のフォルムをイメージして製作していたらしく、そんな中、インターホンが出っ張っていることが気になって埋めたようです。

インターホンは塀の表面と同じ高さになるように埋められているので、そのままでは交換できません。

HPに外構工事もやっているようなことが書いてあった点を見込んで、ある業者さんに電話をしました。

まずは電話の出方、話し方、諸々がNGです。「安心してお任せ」どころか「任せて大丈夫だろうか」と不安が募ります。しかし若干ややこしい工事を含むため、費用面を含め「それなりにやってくれそう」なところを私は求めていました。「(※インターホンの掘り出し工事に関して)何万もかかるような作業にはならん」と言うので状況を見に来てもらいました。

こういうことを言うものではないことは分かっているのですが、あえて書くと見た目もNGです。清潔感に欠け、シャキッとしたところがありませんでした。

「想像の斜め上を行く」という造語があります。意味や定義に詳しくありませんが、このおじさんは私にとって「想像の斜め上を行く」人でした。怒りや腹立ちの多くは「自分のもっている想定や期待とのズレ」に対して生じるものです。おじさんは「かなり斜め上」だったので、想定自体が意味をなさず、怒りや腹立ちよりも興味深さのほうが勝りました。

何らかの縁で出会った、このおじさんに最高の仕事をしてもらうにはどうしたらいいでしょうか。「平成最後の日に工事をする」とのことでしたが当日は雨。おじさんに傘を差し掛けつつ、隣から「こっちのほうがいいんじゃないですか?」「こうしたらどうでしょう?」等の口を挟みつつ、「彼は最善の仕事をする」という前提、激励と褒めの肯定的態度で工事を進めていきました。「ほう、こういう場合は、ここにこんなふうにコーキングするのか」等、勉強になる点もありました。

聞いてみると、おじさんはこの仕事に就いて40年。新築の電気工事が多いそうで「太陽光発電やエコキュートなど取扱い範囲がどんどん増えていき、いまだに建築の若い人に怒られてばかり。電気屋は耐えるのが仕事」と言っていました。私も建築の若い人だったら「もっとお客さんのことを考えた仕事をしろ」と駄目出ししまくると思うので「耐える仕事」になっているのは電気屋だからではなく、おじさんがそういう人だからだと思います。

モニターホン&親機を雨降りのなか放置する(お客さんの買上品なのだから屋根のあるところに置きません?マニュアルや保証書も雨でシワシワに)、テスターや親機をどこに置いたかが分からなくなる、作業中にブレーカーを落とす、「どう考えてもインターホンの配線はこれしかない」と伝えているにも関わらず「それは電話の線だから違う」と聞き耳もたず関係のない線を「これでもない」「あれでもない」とやっている、「インターホンを外した後の電話のことは分からん」と言うので私が繋ぎ直すことに。

40年というもの、一体何をやってきたのか。そういう疑問が湧きますが「戦争と平和」のアンドレイも言っているではないですか。「世界は愛されたがっている」と。おじさんの残していった仕事の成果を愛するほかありません。よくスピ系の人達から聞く言葉に「宇宙は与えたがっている」「宇宙はすべてを愛している」というものがあります。おじさんは自営業者であり、怒られてばかりかもしれませんが仕事があり、生活が成り立っているわけです。宇宙は懐が深い。出鱈目やいい加減をやっているとしても大抵の場合、死にはしません。自分の満足や納得のいく人生になるかどうかは別ですが。

さて工事の翌日である令和最初の日も雨。もう1日待って、おじさんの成果を大切にしつつ、私が仕上げの仕事をせねばなりません。

モニターホンを外して中を確認すると、なんと雨が入り込んでいるじゃないですか。配線部分に水が溜まるとまずいので水が入らないように、まずは内側からコークを打ち直しました。

おじさんは水平器を使って取り付けていました。にも関わらず、モニターホンがやや右上がりになっている(↓)。それについては目立たないレベルにまでは修正したけれど、完璧なところまではできなかった。

塀に凹凸があり、設置面に規則性も平坦さもないので「やや応用問題」の範疇に入る。

おじさんがドリルで穴を開けた際、振動で塀にヒビが入ったのは仕方のないことだと思う。ってことで、取って付けた感溢れるプレート(モニターホンの土台になっている部分)をどうにかせんとな。で、塗りました。内側のみならず外側からも風雨対策のコーキングをしました。

素敵ってわけではないけれど、当面これでいいです。インターホン用のカバーとかもネットでいろいろ見ましたが、元々がカッチリした直線で成り立っている塀ではないので、稚拙感(手作り感とも言う)があるほうが合うようです。

(再び「戦争と平和」ピエールの言葉より)人生が軌道から外れるともう何もかも終わりだという気持ちになる。 でも、それは何かすばらしい事への始まりでもある。

自分の思い描いたようにはならない人生だからこそ、進歩や成長、成熟や発展、創造のスペースや機会が生まれてくるのです。おじさん、ありがとう!!!

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