肉体をもってこの世に生きている、私たちが関わっているカルマには、通常、いくつかの切り口があります。



・宇宙における地球のカルマ

・国のカルマ(日本人の場合は、日本のカルマ)

・暮らしている土地のカルマ

・血(DNA)のつながりによる家系のカルマ

・「私」という個人のカルマ

ブロックは、この5つ、すべての次元に分布しています。

しかしブロックとは言っても自分のもつ認識能力の限界により、直接的な因果のある原因を特定できない場合も多々あります。

因果(原因があって結果がある)という発想も、かなり限定された条件下において存在する道理であって、物事の生じ方には、必ずしも決まった順番というものがないように思います。

カルマやら、ブロックやらというのは、「私」という実存のレベルにおいては存在しておりますが、それも幻想のひとつなのだなと。

スピリチュアルな世界も思想的な世界も、何かを追い掛け回すゲームなので、それを自覚しているか、いないかでは「天と地」以上に違います。

結局のところ、その人の「自覚」がどうあるか、それに尽きます。

自分のしっぽを追いかけ、クルクル回っていることに気づかず回り続けるもよいんですが、「気づき」とは目からうろこが落ちるように覚醒することではなく、何かご大層なことに気づくことでもなく「自覚」をどこまで深められるかなのです。

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