「私がこれをできないのは、ブロックがあるから」

これは、もしかしたら正しい解釈なのかもしれません。でも、しない言い訳、できない言い訳として、ブロックを持ち出していませんか?

ブロックは、気づきがあれば外れます(そんな程度のことなのよ)。「気づきを得た」と言いつつ、何も変わらないのは「気づいていない」から。



気づきとは、自分のドラマにズブズブにハマっている場所からではなく鷹の目、俯瞰からもたらされます。

ブロックがあったとしても、できることはできるし、ブロックがあるから失敗する、とも限らないんですよね。

「ブロックがあるからできません」「しません」と言い始めたら世の中しないこと、できないことだらけ、そういう人も多いのではないかと思います。

したいことがあるならばやればいい、やらないと決めたなら、やらなければいい。必要なのは決心と覚悟だけ。

やらない理由、やれない理由は言い出せばいろいろあるでしょうが、「できない理由を並べ立てている自分でいることを、もうやめる!」と決めて、自分を含めた、ありのままのすべてを受け入れることができたなら、それなりの現実がやってくるものです。

やらない理由、やれない理由として、ブロックというのは好都合な存在です。

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