私は一応、心理学を専攻した者である。

領域としては実験心理学、大学における卒業論文のテーマは「共感覚」である。



私が学んだ時代は、心理学科のある大学が少なかった。

(現在では、人文系学部のある大学であれば大抵設置されている、ポピュラーな学科である)

 

昔の心理学は、大きくは実験心理学と臨床心理学に分類され

そのなかに、発達心理学、児童心理学、社会心理学、教育心理学等があった。

 

今や心理学の世界も、派生&組み合わせの、あるいはキャラづけされた「〇〇心理学」に満ち溢れている。

 

「嫌われる勇気」がベストセラーとなったことにより

アドラー心理学が日本において認知度を高めた。

 

アドラー心理学の柱のひとつを成す

“目的論(行動や感情は、ある目的を達成するために生み出される)” は

「過去から、現在や未来の感情や行動が作られる」

とするフロイトやユングの “原因論” と対極を成すものとして興味深い。

 

アドラー、フロイト、ユングは

心理学者と言えば、心理学者なのかもしれないが、ベースは精神科医である。

 

精神科医かもしれないが、それ以上に、私の見解では「思想家」。

 

「アドラーはこう言っている」

「フロイトはこう言っている」

「ユングはこう言っている」

というだけのことであって

 

「そこの者!控えおろう!」

という、印籠のような役割を果たす

 

理論に対する

一切の反論を退けるような

証明の手立て(統計的有意性)を背景にもたない。

 

「ブッダはこう言っていた」

「キリストはこう言っていた」

「ウパニシャッドにはこう書いてある」

「人のカラダには、チャクラというのがあるそうだ」

等と変わるところがない。

 

したがって

「思想」であることを前提にすると

学問的には「哲学」に分類するほうがしっくりくる。

 

しかしながら

アドラー、ユング、フロイトは治療家でもある。

 

哲学者は真理を探究するかもしれないが

他者を治療する意図をもたない。

そうなると、「哲学」の領域に

彼らを位置付けることも難しい。

 

そのように考えると

臨床家でも、哲学者でもない

大多数の市井の人々が

彼らの「思想」を学ぶにあたり

最も適切な位置づけは

「自己啓発」ということになる。

 

「自己啓発」なのだから

体験したい/獲得したい人生のあり方に対し

自分の認識のパターン&行動指針として

役立ちそうなものを採用したらいい、ということ。

 

アドラーの考え方(説)を活用することで

人生が楽しくなるのであれば

アドラーの思想を採用すればよい。

 

ユングの言っていることのほうが

腑に落ちて

今後に生かしやすいということであれば

ユングの世界観を採用すればよい。

 

アドラーが言っているから正しい

ユングの言っていることだから正しい

そういうものではないし

それは、ほかの誰かであっても同じ。

 

何を採用したとしても、コレである。

そこからは外に出ることは

たとえばアドラーの言っていること

あるいは、どこかの権威者の言っていることの実践だけでは起こり得ない。

 

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