先日のこの記事(「つながりのなかに貴重な情報がある~大阪に大地震が来たわけですが」)は、以下の記事とリンクしていることに気づいたので、ここにそのポイントをまとめておこう。

ものごとは『する選択』と『させられる選択』にキレイに分けられない(1)

ものごとは『する選択』と『させられる選択』にキレイに分けられない(2)

 

ものごとは『する選択』と『させられる選択』にキレイに分けられない(2)」の後半に、西城秀樹の事例を書いた。

西城秀樹は、歌手になるため、広島から家出同然に上京した。今のようなインターネット社会ではなく、すべてがアナログの時代であったため、上京して積極的なアクションを起こし、デビューの鍵を握る人達の目に留まることなくして歌手になるのは難しいという、少年なりの判断と「歌手になりたい」という、本気の意欲があったからだ。

つながりのなかに貴重な情報がある~大阪に大地震が来たわけですが」の後半で、「意識を災害(地震なと)にフォーカスすると、それが現実化するので、意識をそちらに向けない」ことを提唱する人々が、スピ系に存在することに触れた(私も、意識が現実を作ることを、100%否定してはいない)。

「意識を地震に向けることで、地震が起きる」というのは、「西城秀樹が歌手になると決めたら、自動的に歌手になる」というのと同じ。人里離れた田舎に、あえて身を隠しても、「歌手になること」に意識を向けた以上、発見されて歌手になってしまうようなもの。50歳を過ぎた私が「アイドル歌手になる」と決めたら、世の人々のアイドルに対する価値観(年齢、見た目、キャラなど)を飛び越えて「アイドル歌手になってしまう」というのと同じ。

しかし、物事や人生のほとんどにおいては、そこまで意識が万能とはいえず、意識とともに因果律(原因⇒結果、行為⇒展開)や縁起(因に縁が触れることで生じること)という理(ことわり)や、その社会における価値観の優先順位付けがあってこそ、諸々が起こり、つながっていく。

ときどき「決めたらその通りになるってことは、よく分かっているんです」とか、こちらがびっくりするようなことをおっしゃる方がいる。「『決めたらその通りになる』と『よく分かっている』のなら、今、あなたはそのような人生を送ってはいないでしょう」というのが私の心の声だ。

反発を食らうようなことを言って、クライアントのエゴの抵抗を強くさせると変化へ向かう意欲を削ぐので、これまでは指摘することが少なかった(かなり分厚いオブラートに包んできた)。しかし、これからは場合により、はっきりと指摘することにしよう。真綿で首を絞めるような時間を長引かせ、その人の人生において成就できるかもしれないことを成就できなくすることに力を貸すのは止めよう。魂レベルでの真摯さを大切にしよう。

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