「キレッキレ」という評判を聞いたので、キンタローとロペスの社交ダンスをYouTubeで見ているわけだが…確かに面白い。



「芸は身を助ける」の意味は「一芸を身につけておくと、いざというとき生計を助けることもある」ということだそうだ。

キンタローもロペスも、学生時代に情熱を傾けた社交ダンスが芸人になってから活きている。(ふたりとも全国レベルで上位競技者だったらしい。すごいね)

芸人になっても、別の一芸が身を助けているわけだ。そういう展開になることを予想していなかっただろうと想像する。

私は幼稚園の頃からピアノを習っていて、ピアノが大嫌いであるにも関わらず、高校を卒業するまで東郷町から八事の先生のところへ、毎週通っていた。

幼稚園の頃「ピアノを習いたい」と口走ったらしく、その後何度も「ピアノは好きじゃないから、やめさせてくれ」と訴えたが「自分が言ったことに責任を持て」とやめることを許されなかった。(「嫁に行くまでピアノは続けさせる」と申し渡され、それがイヤで実家を離れ、東京の大学に進学することにした、という裏話がある)

そういうとき母親は「『芸は身を助ける』って言うんだよ」と言ったものだが、ピアノで私の身が助かったことは一切ない。そもそもが嫌いなことだしね。(高校時代、音楽の授業の実技テスト ― 楽器を演奏するでも、歌を歌うでもよいが、みんなの前で一芸を披露する ― で良い成績をもらったことくらい。でもピアノを弾いたときよりも、トランペットを吹いたときのほうが、高い評価を得た。ピアノ演奏人口は多いからね)

しかし好きで手がけたこと、趣味や仕事を通じて身につけた、いろいろな技術・技能・知識・視点は思いも寄らぬ場面で役に立っている。

「好きで/やりたくて、してきたこと」には無駄がない、というのが率直な感想だ。何であっても体験しておくと、その後がまったく違う。

一度でも海外をひとりで旅していれば、次回以降のハードルはかなり下がる。

教員だった時期があり、大勢の前で話をするのがまったく平気だ。

自営業歴が長いので、新しく何か仕事を始めることにもためらうことがない。そういうのと同じ。

したことがないと(経験不足とも言う)アクションを起こすにもその先のイメージが湧かず、とてつもなく困難なことに向かって歩き出すような気分になったりする。

 あまり想像しないことだけれど、自分が難なくできることを、ものすごく高いハードルと感じる人たちがたくさんいる、ということだ。

難なくできる自分、高いハードルを感じる自分、分野こそ違ってもどんな人にもその両方がある。

先日のそれをするから、分からなくなるの記事とは一見矛盾するようだが、どちらも本当だ。(実際には、矛盾していない)

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