仕事の合間に、気分転換のために庭木の剪定をしています。

今日は、靴下で脚立と梅の木に登って作業しました。

靴下で登ってみての推測ですが、地下足袋というのは、恐らく素晴らしいアイテムのはず。

あなたの「空(くう/コンシャスネス)」を広げる案内人&草の根ブロガー、あつこです。

 

モロッコのフェズ市街。

パラボラ攻撃を受けてみよ~。

 

フェズという街は、いろんな王朝において首都に定められてきた所。

言ってみれば、古都ですね。

 

マラケシュを凌駕する

迷路のような旧市街は世界遺産となっています。

めっちゃほっそい路地を歩きます。

(そこそこ広い通りもあります)

 

豆屋さんにも見えるし、ピクルス屋さんにも見える。

ここは商店エリア。

 

職人エリアでは

職人さんが、コツコツと仕事にいそしむ姿がよく見られます。

屋上にある革なめし作業場。

革製品は主にヨーロッパに輸出されます。

こちらはパン屋さん。

 

前回の記事で、モロッコと日本の時間の流れ方の違いについて触れました。

今回は、どの国に生まれようと

人間は成長という段階から、成熟へと向かうものだと思う、という話です。

 

ひょっとしたら子供は完璧なパーツを揃えた存在なのかもしれません。

でも、成熟はしていない。

 

生まれた時から完全で

完璧な存在ならば、何もわざわざ生まれてくる必要などないわけで。

 

「そのままで、素晴らしい」

という視点とは別の切り口から

何かをなそうという意図を

われわれは自分のなかに保有しているはずなんです。

 

子供は、おちゃらけたり

冒険したり、叱られたり

走り回ったり、笑ったり

泣いたりしながら経験を積み、成長する。

 

その成長とは

勝手に成長していく部分もあるし

意図的に

何かの方向性をもって、当人が努力することで獲得していく面もある。

 

ただし、成長には飽和点があり

放っておいても成長してしまう領域

当人にとって

成長することが必要であり

何事にも替えがたい喜びであるという段階は、ある日、終焉を告げます。

 

「成長のための成長」を、本質的な部分から求めている人は少ないからです。



「成長」が飽和すると、「成熟」の段階に入ります。

 

「成長」とは「成熟」の前段階であり、「成熟」に向けたコンディションを整えるものです。

 

「成長」が線的で

右肩上がりのグラフみたいなものだとするならば

 

「成熟」は円状で

その人の本質(核)が中心にあり

そこから放射状の円、あるいは球を作ります。

 

その円または球は

構成する要素の密度が濃くなったり

放つ色合いを変えたりして変化し続けます。

 

円または球は大きくなってもいきます。

 

成熟の段階になると

構成する要素がその密度を増したり

色合いが厚みを増したり

円や球そのものが大きくなることが、それまでの成長にとって代わります。

 

フェズの旧市街は

いろんな時代に建設された都市が組み合わさってできています。

 

いわば直線的に成長した都市ではなく

成熟が重層的に起きることで

ほかにはない有機体として発展したのです。

 

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