答えはシンプルで

「苦しみ(あるいはストーリー、ドラマ)を欲するから」

です。



それを大人になるとか

成長の証とかと

表現するのかもしれませんが

人間は人生のある時点から

「苦しみ(あるいはストーリー、ドラマ)がない人生は退屈だ」

という設定を、無意識にもつようになります。

ここでいう苦しみのレベルには個人差があります。

 

「苦しみ(あるいはストーリー、ドラマ)がない人生は退屈だ」

これは、ごく小さな子供だった頃にはない感覚です。

私たちは、何かを克服したり、成し遂げたりしたいんです。

 

実際どうですか?

すべて思うようになります。

何かを望んだとき、何の苦労もありません。

なんの抵抗も摩擦もなく

したいことができ

食べたいものが食べられ

どこを調べても健康で

欲しいものがすべて手に入る。

自分の理解を超えたこと

わからないことなど、なにひとつありません。

 

退屈ではないですか?そういう人生。

しかも、人によっては、それが100年近く続くのです。

 

そして

理解できなかったことを

理解できるようになった

ハードルとなっていたことを克服した

自分の努力や知恵で

何かを獲得した、そういう実感は

 

「私は確かに、この人生を主体的に生きている」

という独自のライブ感覚

つまり燃料を得て

それを変容させたかのような喜びをもたらすのです。

 

なので

自分の力で何かを変えたい

得たい、解釈したい

つまり自分を中心において

世界をコントロールしたい

と望むことがなければ

気持ちのうえでの苦しみはありません。

 

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