愛犬をシャンプーに出すと、付けてくださるバンダナが貯まってきました。

これらを活用して、何かできないかなあと思い、パッチワークで暖簾を作ることにしました。不器用なりに頑張った(笑)。暖簾の長さは、私の身長くらいあります。

反対側から見るとこんな感じ。

テーマに関係のない写真はここまでにして、今回はトラウマ・サバイバー運動について。

その前に、前回の自己啓発セミナーについて、私が感じることを書いておきます。

自分が参加するかと問われれば、参加しませんが、「すべては自己責任」という前提でお尻を叩いてくれる、という点では、人生に対して逃げ癖が付いている人、被害者意識の強い人、あるいは時間とお金はあるけれど空しさを感じている人にはよいかもしれません。

「自分の人生に起きることは全面的に自己責任」と受け止め、具体的なアクションを起こしたり、自分と向き合ったりすることで、大なり小なり人生が変わるものだ、ということを、厳しい他律によってですが体験できるからです。言い換えれば、人生に対して真剣になれば、セミナーに行かなくても、それなりに人生は変わるということ。そこにお金をかけるかどうかの違いです。

主体的に人生に取り組むことは、人生のリアルかつメインのイベントであり、セミナーに行かなくても、できている人はできているものです。そして、それが最もコストパフォーマンスがよい。他者の手を借りないと動くことができない人は、お金を払って、解決への道筋を探るほかないのかもしれません。

「思いが実現する」のであれば、自己啓発セミナーの講師陣が、自分達の思いを修正すれば、自己啓発セミナーを開催しなくても、行き詰った人々が前向きで充実した人生を送ることができるように変化すると思うので、セミナー開催の趣旨(他者を変えようという活動)と、そこで展開されている主張(すべてが自己責任で、自分がすべてを創造している)との間に、いささかの矛盾を含んでいるように感じます。しかしそうであっても、その人の人生にとって役立つのであれば、自己啓発セミナーを活用するのも、ひとつの選択肢かなと思います。



トラウマをどうとらえるか

たとえば小さな子どもの頃、親に虐待されたとか、学校に通うようになったらイジメに遭ったとか、予想だにしなかった事件・事故に巻き込まれたとかという場合、それを「あなたが創造した」とするのは酷な場合があります。

生後間もない赤ちゃんが、虐待されて怪我をしたり、命を落としたりするのが、その子の思考や願望のせい、とは言いづらいし、そもそも考えにくい。もし被害者側に、それに関する思考や願望があったとするならば、魂レベルでのカルマ(因果律)のほうが説明が容易です。

トラウマ・サバイバー運動は、日本では1995年くらいから注目を集めるようになっていき、日本のセラピー文化では「アダルトチルドレン」「共依存」「アディクション(嗜癖)」がポピュラーなものになりました(「セラピー文化の社会学~ネットワークビジネス・自己啓発・トラウマ」より)。

ネットワークビジネスや自己啓発セミナーが、自分の人生を積極的に創造する “強い自己” に焦点を当てたの対し、トラウマ・サバイバー運動は「個人はトラウマという被害を負っている “弱い自己” である以上、個人のその被害についての責任はない、という考えを広めてきている」(P.128)と述べています。私見ですが、トラウマとは「それはあなたの責任ですね」とか何とか、責任の所在がどちらにあるかを指摘したところで仕方のない領域でもあるのだろうと思います。

「アダルトチルドレン」「共依存」「アディクション(嗜癖)」

同書によれば、トラウマ・サバイバー運動の源流は、アメリカのアルコホーリクス・アノニマス(AA)、すなわちアルコール依存症の人達が集まり、自由に語り合うことで、断酒生活を維持していこうという自助グループにあります。アルコールに対し無力な自分を認め、神の救いを求めるもので、日本にはAAと、宗教的な要素をなくした断酒会の二系統が存在します。

「アダルトチルドレン」とは、他者の顔色を伺い、不全感に支配された子ども時代を過ごした人達というように、大きな意味でとらえられることが多くなってきている感がありますが、元々はアルコール依存症の親の元に育った子ども達のこと。

日本で「アダルトチルドレン」がブームになったのに対し、アメリカでのそれは「共依存」であったそうです。また、アルコールに限らず、薬物、買物、恋愛、性、ギャンブル、過食/拒食などに依存するのが「アディクション(嗜癖)」に相当します。

“弱い自己”と“自己責任”

“インナーチャイルド” という概念は、トラウマ・サバイバー運動のあり方(“弱い自己” いう立ち位置)において、 注目されるようになってきたという経緯があります。ネットワークビジネスや自己啓発セミナーが、“強い自己” という立ち位置にあるのとは対照的です。

“インナーチャイルド” は、“偽りの自己” であり「批判的で完璧主義的で、他者中心にものを考える」(P.142)。また「“インナーチャイルド” の癒しには、スピリチュアルな側面との関わりがみられ、たとえばフラワーエッセンスなど、ニューエイジ系のセラピー技法も、トラウマ・サバイバー向けのワークショップなどでよく使われている」(P.142)とのこと。

トラウマ・サバイバー運動では、トラウマを負った人達に対し、「それは、あなたの責任ではありません」と明言することから、セラピーがスタートします。

例えば、虐待を受けた子ども達には、「自分に悪いところがあったから、親が自分を罰したのだ」という思い込みがあることが多い。そういうとき、「あなたが虐待されたのは、あなたが悪いことをしたからではなく、あなたの親が問題を抱えていたからです」ということの受け入れが、生きづらさを生きやすさに、トラウマの回復につなげるために重要となってきます。性被害についても、「あなたに落ち度があった」のではなく、「あなたが負った傷」を出発点とします。

自己啓発セミナーが、「セミナーという空間で自己の限界を解き放てば、それで人生はよくなるはず」(P.148)と考えるのに対し、トラウマ・サバイバー運動は、環境や周囲にも問題があると考え、社会構造に対して課題を提示するという側面をもつ点で異なっています。

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