仕事が忙しい。気分転換に外食すると、ドド~ンといっぱい食べたくなります。



2013年12月、父の介護のため、実家のある愛知県に戻ってきました。首都圏での30年の生活をキレイさっぱり整理し、実家に定住することを決めました。

そのとき最も心配したのが

●この年齢(見事にアラフィフ)で

●地方の田舎に引っ込んで

生計を立てることができるのだろうか、ということでした。

それまでの20年近くに亘り、自営で、マーケティングリサーチの仕事をしてきました。

しかしその頃の私は「首都圏を離れたら、仕事のオファーはない」思い込んでいました。

フタを開けてみると、住んでいる場所がどうというのはあまり関係がなかった。

今の世の中、ネット環境も整っているし、東京出張を厭わなければそれなりに仕事が入ってくる、ということが分かりました。(私も長年、コツコツと経験と実績を積んできておりますので)そうは言っても、70~80歳になっても声のかかり続ける仕事とは思えません。

したがって

●いくつになってもできる仕事

(むしろ歳を取っているほうが深みを増す仕事)

●この場所でできる仕事

を、この地(地方の田舎)で育てようと思いました。

好きだった瞑想の教師となり、今までの職務経歴や経験が活きる仕事もしています。

瞑想やセッションの仕事にお客さんが集まることで「マーケティングリサーチの世界から引退しようか」と思った時期もあります。

今の時期は「マーケティングリサーチの仕事を再び柱とし、瞑想やセッションについては、縁のある人に絞り込んで展開していこう」と考えています。

「仕事=生計を立てる」という要素を外すことができない場合、複数の仕事のなかで何を柱にもっていくか、は悩ましいところ。

Aという仕事がメインとして成立していれば、BやCという仕事に関しては絞り込んだお客さんを対象として展開することができ、BやCを生活の糧を得る手段として拡大・拡販する必要がなくなります。

私の場合、瞑想やセッションは「お客さんの数で勝負」という位置づけにありませんその一方で“今しばらくのと考えている仕事” が暇な時期、“それ以外“ が忙しい時期、いろんな波があって退屈することがありません。

“何かひとつの仕事で身を立てている人”は“複数の仕事をもっている人”より、仕事において優れているような印象をかつてもっていました。

それも思い込みでした。

複数の仕事をもっていると、どれも中途半端なように見えるかもしれません。しかし仕事の質は「専業だから良い」とは限らないし「兼業だから悪い」とも限らない。

複数の仕事をもつことによって「したくない仕事でも、これしかできることがない」「とにかく、これで稼ぐしか途がない」「もっと稼ぐためには、無理をして、お客さんを増やすほかない」という、ネガティブベースの労働が減ります。(稼ぎやプライドといった、エゴからの執着を仕事に対してもつことがないので、仕事に振り回されることもない)

それぞれの仕事を適切なペースで、ゆとりをもった関わり方で大事に学び、大事に扱う姿勢/態度が生まれるので、いくつかの仕事をもってどれも大切に育てていくことは「視野におくとよい、極めて有効な働き方」だと、私は考えています。

メインとなる仕事も、そのときどきの流れで変化し続けるのが自然であるし、固定的に仕事をとらえる必要はありません。

どの仕事についても高いクオリティを提供していれば、どの仕事も続いていくし、多岐に亘った経験が、ほかの仕事に活きていきます。

「私の仕事」は固定化されていないので、何をしていてもとても楽しくて充実しています。

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