今日も空き時間に、映画を観ることができました。

夜、クライアントからの

フィードバックがあったら、そこから再び仕事です。

あなたの「空(くう/コンシャスネス)」を広げる案内人&草の根ブロガー、あつこです。

 

先日の「はじまりのうた」と同じ

ジョン・カーニー監督による映画、

「ONCE ダブリンの街角で」を観ました。

大学1年の英語の授業で

「ダブリン市民」(ジョイス作)を読まされた

読む機会を与えていただいたので

「ダブリン」

と聞くと、なぜか懐かしい気持ちになります。

 

恋人がほかの男と

ロンドンに逃げてしまった

ストリートミュージシャンの男性と

 

そりの合わない夫から離れ

チェコから

アイルランドへと移り住んだ

子持ち女性の

音楽コラボを通した

ほのかな恋の物語。

これと似たような設定って

いろんな人の人生のなかに

しばしばありますよね。

 

どちらにも

想いを残した(元 or 現)パートナーがいる。

 

でありながら

一緒に何かをすると

(この映画の場合は音楽)

それはもう

想いを残したパートナーとは

別次元のフィット感というか

ケミストリーを感じてしまう異性が、自分の人生に新たに登場。

 

しかし最終的に

どちらもかつての相手と

ヨリを戻すという選択をし

(最近は “再構築” とかって言うらしい)

 

一方で

「本当にこれでよかったのだろうか」

「実は、新しい彼女/彼との人生を選択するほうが幸せだったのではないか」

と、心の一部にすっきりしないものが残る。

 

Amazonの

たくさんのレビューのなかで

思わず笑ってしまいつつ

共感したのが

出会いにおいて女を(あるいは男を)
本当に成長させるのは
実は「やった経験」より
「やらなかった経験」ではないか
という自分の仮説を裏付ける一つの
エビデンス的映画

というもの。

上手いこと表現しますね(*^^)v

 

「性的関係をもつ、より親しい間柄に至らなかった」

ことに対する、顕在意識における落胆/後悔はともかく

 

先のレビューの表現で言えば

「やらない」ことによって

(目に見える外側の世界で成就しなかったことによって)

自分の本質的側面において

何かが化学変化を起こし

目には見えなくても

自覚がなくても

実は重要な何かが成就されている、ということがあります。

 

「やること」が、魂の成長にとっての成就とは限らないわけで。

「やった」ことによって、かえって成就がなされないこともあるわけで。

(「北の国から」風)

 

「やらないこと」が成就の道筋の場合

意識の浅いところで

後ろ髪を引かれる感じがあっても

結局は「やらない」流れとなっていったり

そちらを自ら選択することになったりするのでは、と思います。

(自分の内なる声、直観を敏感にキャッチできる人であれば)

 

だから

「やれなかった、残念」

「やっておけばよかった」

と落ち込んだり

歯ぎしりしたりする必要はありません(笑)

 

こちらの映画も

演じているのがミュージシャンなので

さすがの上手さで

優れた曲ばかりです。

 

ダブリンの質量重めでウェットな感じにはピッタリなのではないかと。

(「Falling Slowly」が2007年アカデミー賞歌曲賞受賞とのこと)

 

ストリートミュージシャンを演じた

グレン・ハンサードについて

ググってみますと

Wikiの日本語版には情報がなく

 

英語版によれば

義務教育修了が15歳のところ

彼は13歳で学校を辞め

ダブリンの路上にて

パフォーマンス(多分、ギターと歌の披露)を開始、

ということらしいです。

 

この手の

「人生初期から迷いがなく、一貫してガッツのある人」

というのを、何人か研究してみたいですね。

 

こちらの映画も

「はじまりのうた」と同じくらい

あるいはそれ以上に良かったです。

 

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