精神世界に再び興味をもったのは、母の他界がきっかけでした。もう10年以上も前のこと。



当時よく聞いた言葉として「宇宙のお試し」があります。

人が岐路に立ったとき「あなたは、本当に(本気で)そちらを選択しますか?」と意思確認をするような出来事が起きることを言います。

例えば、どこかに行こうとするとき、その障害となるような事が発生する、といったことです。

家族の中に反対する人が現れたり、同じ日に何か断りづらい用事ができたり。

そんなとき講師の方々が「宇宙のお試しです。あなたが、どちらに本気で進もうとしているのかを試している」「それは宇宙からの引っ張りだ」と、表現されることが多々ありました。

今や「宇宙のお試し」という言葉を聞くことがなくなりました。

あるのは「あなたの選択」という表現のみです。(そう感じるのは、私だけかしら?)

・自分以外の何かが、あたかも自分の歩みを留まらせようとしているかのようにとらえるか

・選択の主体が自分であることに重きを置くか

視点の違いだけのようにも感じます。

・「お試し」は、人格みたいなものをもった存在による、学校や何かの「テスト」のようだし

・「引っ張り」は、意図に対する「作用―反作用」のようで、物理的なエネルギーのようですが

既にそういった粗いモノ的エネルギーで構成された三次元的かつ地球的な時代は終わったのかもしれません。

宇宙(意識、あるいはコンシャスネス)も自分。意識/あるいはコンシャスネスのエネルギーを行使するのも自分。

そして、どちらを選択しても、いいの悪いのというジャッジは宇宙そのものにはないように感じます。(エゴに堕ちたとき、その結果を、ふさわしい等価エネルギーの循環という形で受け取ることはあるように思いますが)

宇宙はわれわれを試しているわけではなく、無限のエネルギーにおいて、常に選択の余地があることを、ただ淡々と示しているだけ。

面白い時代になってきました。

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