引き寄せのブームも一段落着いたのか、あるいは私の関心が希薄であり、フォーカスすることがないがゆえに盛り上がりがないように感じているだけなのか、その辺り、よく分からないのですけれど引き寄せについて語ってみたいと思います。

引き寄せという現象が「ある」という前提に立つならば、すべてが引き寄せに該当します。

「これは引き寄せだけれど、あれは違う」ということはなく、100%、何から何まで例外なく引き寄せであるはずです。

狙ったもの(豊かさ/パートナー/仕事など)を引き寄せるための原理原則が“引き寄せの法則”なのだろうと思うのですが、そのベースで機能するのはマインド(意図)です。

そして何かにフォーカスして意図的に、それを引き寄せようとすることは、どんな屁理屈を捏ねて否定しようとしてもコントロールに相当します。

何から何までコントロールとはいけないものだとは思いません。

「あのお店の●●が食べたい」「何時までに●●に到着していたい」と思えば、それが現実化する方向に意図を向け、行動の採り方やタイミングを設定することでしょう。

日常生活のいろんな場面でコントロールが生じています。

それはそれとして事細かに、いろいろな範疇のことに注意を払わなくてもイメージし、考えた以上のことが起きるのが、この世界だと私は感じておりまして(↑真の意味での引き寄せであり、何から何までが該当する)なまじ、狭小で固定的な観念のなかでマインドが掴んだ将来イメージの実現を引き寄せようとすることのほうが、未来の可能性をブチ壊す行為だと思うのですね。

ゆえに、おかしなコントロールさえしなければ、起きてくることにはマインドの想定しえない自由度の高いものがたくさん含まれており、私達も、その可能性を自由に楽しむことができるはずなのです。

このところ、私には「へえー、こんなことが起きるんだ」という出来事が目白押し。

自分の願望を見極め「それが既に叶っているものとして、その状態の波動を出しましょう」「はい、そんな感じで。ふわ~。もう一回、ふわ~」みたいな“イメージトレーニングもどき”をやっていたのでは起こりえない(想像を遥かに超える)ことばかりです。

何か、特定の状況・状態を引き寄せようとしないほうが人生は楽しいですよ。

自分のイメージや想定を大きく外れないところで現実化したい、というのが安定・安心・確実を好むマインドの望むところですが「前向きな気持ちがあればこそ」みたいなことを言っていたとしても、不安や否定や恐怖や不満が潜んでいなければ、何かを引き寄せよう、などという発想を持つことはないでしょう。

大元の引き寄せ理論には限定・限界をもたない普遍的な部分があるのかもしれませんが、広く大衆が、引き寄せを求める気持ちは、この世に起きることに対するコントロール願望と一体をなしているというのが実情と思います。

「それこそが人生を詰まらなくしているんですよ」というのが、今日のオハナシ。

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