非二元によれば、個による自由意思も選択もありません。なのであの一世を風靡した“引き寄せの法則”も成立しません。



「私は、望む現実を引き寄せることができる」ということは「個が、現象をコントロールできる」ということになりますから。

では、“引き寄せの法則”というのは存在しないのか?ないと言えばないし、あると言えばある(幻想だろうと何だろうと、個の観点から)のだろうと思います。

人間の発揮可能な認識能力の範囲において、当事者たちが「引き寄せた」と認識すれば、それは「引き寄せ」です。

「おいおい、それは、あなたが引き寄せたわけではないだろう」と感じたとしても、当人が「私、どんどん引き寄せているの」と認識しているならば、それは「引き寄せ」と言えるでしょう。

つまり「引き寄せ」とは、ひとつの認識のあり方に対するラベリング。

それ以上でも、それ以下でもない。

人間は、フォーカスする能力を保有しています。

たとえば「お金が欲しい」でも「恋人を作ろう」でもよいのですが何かの欲求や意図をもつと、その目標に焦点を当てます。

そうすると当然のことながら、それにまつわる情報や刺激が目につくようになります。

「家を買おうかな」と考え始めると、昨日まで視界の端っこにも引っかからなかった不動産広告や、近所の新築工事現場が気になってしまうのと同じです。

テーマにフォーカスするだけで、その情報が集まり、それらを整理統合し、状況に合わせて行動するだけで現実化に近づくという事例は巷にたくさんある、ということです。

そこに皮膚感覚とか、直感とか、直観とか、予感とか、ワクワクに従うとか、高次の存在からメッセージをもらったとか、いろんな後押し要素がくっついて、感受性が豊かになった、情報感度が高くなった、決めるタイミングを間違わなくなった、という自覚が生まれてきます。

そういった諸々を総合しての「引き寄せ力」。ごくごく一般的な人にとっての現実における「引き寄せ」とは、すなわち総合力(今まで気づかなかったことに、気づくようになること)です。

お金だって、異性だって、昔も今も変わるところなく同じように、自分に近づいたり離れたりを繰り返している波のようなものだったにも関わらず、この自分自身がまーったく気づいていなかっただけ。

認識力が上がった、というケースも含め、我々は大ざっぱに「引き寄せる力が強くなった」と申すわけです。

では、潜在意識やカルマをクリアリングしていくと、願望が実現しやすくなる(ように感じる)のはなぜ?

ユーミンの曲のなかに「欲しいものは欲しいと言ったほうが勝ち」という歌詞があります。直球の願望をストレートに追い求め、表現すると叶いやすい。赤ん坊や、小さな子供を見よ、です。

それは魔法でもテクニックでも宇宙の神秘でもなくて比較的当たり前のことなのではないでしょうか。そこにファンタジックなストーリーを付加するかどうかは、その人の好みと認識パターンによります。

潜在意識やカルマをクリアリングしていくと「欲しい。でも、こんな私が望むことではない」とか、「世間は、欲しがる私をどう思うだろうか」とか、「幸せになったりしたら、妬まれちゃうわ。どうしましょう」とか、自分の内部における内なる声の分裂や引っ張りが消えていき、調整されていくから叶いやすくなるのだと思います(障害は己の内にあり)。

乗り越えるべき葛藤が少なくなっていくので(内側がラクになる)スムースに願望が成就しているように感じる、という場合もあります。

そしてタイトルにも入れた非二元。

私も非二元ワールドをよく知っているわけでなし、今後探究していきたいわけでなし、なのですが、重要なのは、そのワールドがあれこれ描写していることにおける「一点だけ」だと思うのですよ。

長くなりましたので、続きは後日。

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