瞬きする間に、6月1日は過ぎ去っていたようです。

気づかぬうちに、6月2日ではないですか!

新しくリフォームした部屋の画像を編集してみました。

新たにリフォームした部屋

 

「たらのいえ」のフロアガイド(笑)も更新しました!

 

基本、私が使うスペースであり、正真正銘の「家」であるので

一般的なレンタルスペースのように

鍵を渡して「使ったら返却してください」というわけにはいきませんけれど

ご縁を感じた方には、使っていただく機会があるやもしれません。

 


 

 

さて、「心ここにあらず」。

このところ、東京に出かけることが多くなっています。

 

東京・神奈川は、大学進学後の30年を暮らしたエリアであり、馴染みのある所。

しかし、最近は、訪れたとき、不思議な違和感があります。

 

レストランなどの飲食店に入りますよね。

店員さんが

「いらっしゃいませ」とか、「ご注文はお決まりですか」とか、「ありがとうございました」とか、お客である私に接してきます。

 

言うことは言っています、することはしています、ときどき笑顔を見せたりします。

でも、心を感じないのです。

 

それを弟に言うと

「東京の店がそうなのではなく、たまたまそういう店に行っただけだ。決めつけるのは良くない」

と返されます。

 

それにも一理あります。

もちろん、東京には、ホスピタリティ満点のお店もたくさんあるのでしょう。

 

しかし!

私がここで言いたいのは、そういうこととは違いますのよ。

 

私も都会で忙しく働き、生活していたときはそうでしたけれど

時間に追われ、仕事に追われ

慌ただしく生きている人達って、どうしても目的指向になりがちです。

 

目的とするところを得るために

いかに効率よく「今をこなして」いくかが生き方において、より重要となっていきます。

 

お客さんの気持ちを緩めたり

微笑ませたりすることは「自分の仕事の目的ではない」ので

働く人達にとっては、どうでもいい。

飲食業に限らず、そんな感じで、都会のビジネスは成り立っているのだなあ、というのが最近の感慨。

 

飲食店の例で言うと、お客さんが来店したり、食事をしたり、お金を払って出て行ったりします。

 

そこで働く人たちが

「お金を稼ぐためには、これとこれを、こういうふうに “こなす” 必要がある」

「予定のシフト内で、言うことを言って、することをしていれば、これくらいの金額にはなる」

「言われたことは一通りした。敬語も使ったし、注文の確認もしたし、遅滞なく、注文された通りの料理を持っていった。『ありがとうございました』と頭も下げた。さあ、時間になった。ここから解放されて、次の予定に向かうぞ」

「今月の給料はこれくらいになるだろう。それが入ったら、こんなことに使うぞ。楽しむぞ」

という流れのなかにあるように見えるのです。

(飲食店従業員として働いてはいますけれど、たまたましているだけで、本当の本当のところで言えば、その仕事のことなど、どうでもいい。働いているとき、心はそこにはない)

 

仕事とは関係のない未来に

幸せや豊かさを獲得しようとしているかもしれないけれど

仕事をしている瞬間ごとに

仕事を通じて与え、受け取るという、豊かさの流れのなかには、ほぼ100%おらんのよ。

 

バイト同士、従業員同士は仲良くなって

ボーリングだ、カラオケだと一緒に楽しむことはありそうですが

「大切な友人」のように、お客さんに接することのない内輪仲良し主義。

 

店の人とお客さんが話をしたり

仲良くなったりする必要はないけれど

そのひとときだけでも、「大切な友人」のように接する人って

名古屋や大阪では、結構見かけるように感じるのですけれどね。

あくまでもオーラやエネルギー、波動で感じる世界です。

 

目的指向の生き方は、リアルな人生の大切なひとときを、すごく勿体ないものにしています。

 

仕事をするのは、お金を稼ぐ等、未来の何かを獲得するためであることが多い。

スキルの向上とか、昇進とか、地域への貢献とか、高額納税者になるとかの、公益的な面に繋がるものであっても。

 

それがキレイなものであっても

エゴまみれの願望であっても

時間軸の延長線上の未来にぶらさがった“にんじん”のことは

とりあえず置いておき

 

ハートを開いて、今を楽しんで

お互いのエナジーを循環させることで

関わる人達の瞬間、瞬間がとても豊かになる

ということを感じる機会がないか、忘れてしまっているように見受けます。

 

こういうことに気づかせてくれるので、東京もいい所です。

 

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