ウィキペディアによれば、心とは

「非常に多義的・抽象的な概念であり文脈に応じて多様な意味をもつ言葉であり、人間(や生き物)の精神的な作用や、それのもとになるものなどを指し、感情、意志、知識、思いやり、情などを含みつつ指している」

ものであるそうです。



この夏参加した

チェンマイにおける長期瞑想で

私は到着後3日目にして、腰を傷めました。

 

ホテルでタイ古式マッサージを2時間受け、そのなかでの無理なストレッチが原因です。

タイの施術者は

日本の方のように

「強さは大丈夫ですか?」とか

「温度は熱過ぎませんか?」とかの

きめ細かな配慮を一切しないので、それはもう、容赦ありません。

言葉も通じませんしね。

 

それはそれとして

長期瞑想プログラムでは

不思議なもので

その期間に合わせた設定でクリアリングが自動的に進みます。

 

すなわち私の場合

参加した3週間のなかで

必要な解放(既に不要となったエネルギーのリリース)が起こります。

 

直接的には

力強くひねったことが、腰を傷めた原因です。

 

でもそれは

目に見えている現象の

表面的な理解に過ぎず

実際には

私のカルマ(ストレス)解放のために

施術者がトリガーを引く役割を果たしてくれたのだと思います。

(つまり「腰を傷めてしまい、運が悪かった」とは思わない、ということです)

 

腰痛とは

蓄積した怒りを表現し

解放する、症状/現象だと聞きます。

 

賛否両論あるでしょうが

腰を爆発させることで

一気に感情の解放が進むのであれば、それもありがたい話。

 

もちろん腰痛そのものは激痛で、頻繁に起きて欲しくはないことですが。

 

今回は適切な治療を受けられたこともあり、2~3日でほぼ治癒しました。

日本で通常の生活を送っているときに同じことが起きたら

経験的に言って

回復までに2週間程度

見込まねばならない負傷であったように思います。

 

今回のリトリートでの身体を通じた解放は

腰に始まったわけではなく

それより以前

チェンマイに到着した翌日は

右目だけが

数人から指摘を受けるほどに充血し

眠っても

瞑想をしていても

目ヤニがバリバリと張り付いている状態でした。

 

これは何をしなくても、一日で症状が消えました。

恐らく、ハートのクリアリングと関係があったのでしょう。

 

次が既に述べた腰痛ですね。

腰痛が一段落着いた後、両脇腹に湿疹が出てきました。

しばらくその状態が続きましたが

レバーフラッシュ(肝臓クレンジング)を行なった後は、徐々に消えていきました。

 

身体というのは正直であり、私たちの偉大なる師/味方だと感じます。

要らないものを溜めておいてくれる、これを掃除しなさいよと教えてくれる、クリアリングの分かりやすい通り道になってくれる。

 

今回のチェンマイ滞在をきっかけに、私はヨガを日課にしようと目論んでいました。

それには理由があって

意識のクリアリング、瞑想、ヒーリングは日常的に行なっているものの

私は身体からのアプローチをしてきていませんでした。

続けるのが億劫な感じがあって・・・。

 

各人の意識の状態というのは

身体を見れば一目瞭然であるものらしく

「どれだけ口でエラそうなことを言っていたとしても、熟達したヨガ指導者の目には、その人が何を手放していないか、意識の段階がどのレベルにあるかが分かる」

と、とあるブログで読みました。

 

腑に落ちるところもあり

「ならば、いっそのこと、身体からアプローチしてしまったほうが、全体の流れが早く、スムースになるのでは」

ということで、ヨガ(笑)。

単純です。

 

私の場合

健康法や美容法

運動として実践したいわけではなく

あくまでも瞑想をサポートする手段・行法としてヨガを活用しよう、という位置づけです。

したがって

時間のかかる

アクロバティックな

継続が難しそうな内容を自分に課してはおりません。

 

凝りも、痛みも、固さも、意識の層に詰まったブロックです。

身体症状は、潜在意識や意識より自覚しやすい面があります。

少しずつ、緩めて解放していきたいと思います。

 

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