さらに翌日になりまして、依然として食べ物はまったく受け付けないものの、水を大量に飲むようになりました。

2晩ほど、サークルの脇で私も就寝しました。

夜中にサークルのなかで徘徊というのでしょうか、クルクル回っては横たわる、という動作を続けていました。未明には静かに眠ったようですが。

多飲のせいでしょうね、普段はしないタイミングや場所でオシッコをすることがあります。

抱っこしたり、後足用ハーネスを付けたりして、庭でくつろいだり、公園まで連れていったり。戸外の空気に触れる機会をもつようにしました(元々戸外で暮らす生き物であるし、自然のほどよい刺激もあるとよいのでは、と思った)。

歩きたいそぶりを見せるので、歩かせてみると、右のほうに回っていく傾向があり、ただ茫然と立ち尽くすことも多い。

うまく歩けなくなった場合、私が抱いて移動できる距離にも体力的な限界があるため、アウトドア用のキャリーを購入することにしました。

水はとてもたくさん飲みます。元々多飲のほうではなかったので、身体が求めるのでしょう。分かりづらいですが、この頃には自立しています。コケることもなくなりました。(5月25日)

 

そしてさらにさらに翌日(昨日である26日)、かつての夫が神奈川からニケに会いにきました。24日の深夜から朝にかけての状態を知らないので、「想像していたよりも元気だね」と。

ちょうど購入したキャリーが届いたので、手伝ってもらって組み立てました。

ニケには好きなお散歩スポットがあり、そこまで歩かせるのも、抱いて行くのも無理なので、これに載せていって、降ろしてひとときを過ごそうと思っていました。

キャリーでお出かけ。(5月26日)

このとき(↑)は200mくらい、自発的に歩いたところで、キャリーに再び載せました。

犬の気分としては歩きたいかもしれないけれど、無理をさせても、ということです。

こちら(↓)は4月21日に撮影したもので、今に比べれば元気ですが、尻尾が上がるのは、散歩に出た最初の数分だけです。

今朝は500mくらい歩きました。

サークルでお休み中。(5月27日)

相変わらず、水はたくさん飲みますが、一切食べません。

少し意識がはっきりしてきたのか、従来通り、外に連れ出したときに排泄するように変化してきました。

 

タイトルの「愛犬からの協力?」。犬が顕在意識で意図しているようには思いませんが、何かが仕組まれることにより、思いや行動に後悔がないよう取り組む機会、選択の機会を人間側がもらっている気がします。与えさせてもらっている、という感じです。

いろいろ調べてみると、死を迎えるに当たり、犬が食べないのは、それによって死が自然でラクなものになるからで、食べないからと言って、無理に何か口に入れたり、点滴をしたりすると、かえって死に際が苦しくなるのだそうです。

したがって、無理に食べさせることはしていませんが(さつまいもと蜂蜜を少し舐めさせたりしています。舐めるけれど、すぐに止めてしまうし、食べるには至りません)、獣医さんはアイスクリームがよい、と言っていたので、試しに買ってこようかなと思っています。

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