これは、私のパターンです(笑)

私は怠け者なので、何かひとつの場所(物理的な意味でなく)に行ったら、そこを耕して、そこを深めて、この人生を終えるのかな、とその度ごとに思います。

でも、そうはならないんですね。




よくも悪くも、何がどうでも、そこにあぐらをかかせてもらえない。どんな人もそうなのかもしれませんし、そうではないのかもしれません。人それぞれってことでしょう。

潜在意識クリアリングに出会い、私は、この仕事を深耕して、そこで私の人生を完成させていくつもりでいました。

しかしごく初期に、そうではない、という抗いがたい流れがやってきました。

びっくりするような出来事が起こり、私はここに居続けることはないんだな、と気づくに至ります。でも、その仕事自体は続けてきました。

その後フルフィルメント瞑想の教師となり、ああ、私は瞑想の先生として、これからの人生を歩んでいくのだな、と思いました。しかし、こちらも、どうもそうではないらしい。当面は、瞑想教師としての活動を続けていきます。(フルフィルメント瞑想が、素晴らしい瞑想法のひとつであることに変わりはありませんので)

こちらにおいても、びっくりするような出来事が起こり、私の安住する最終到達地ではないことを悟り、抵抗を止めてサレンダーしました。

私の場合、どちらも長く続けてからではない、ごく初期に大きなターニングポイントがやってきています。

何か「これだ!」というものに人生の初期に出会い、それ一筋にまい進し、そこで何かを確立していく人がいる一方で、私という個を思うとき、そういう方たちとの表向きのシナリオの違いに驚かされます。

小さな私(自己、自我、エゴ)はめんどうなことが嫌いで安心を望んでいるので「何かひとつのものをやっていれば安泰、という状態になりたい」と思うわけですが、そうは問屋が卸さない人生を私は別のレベル(次元)で選択しているようなのです。

このところは、日々、浄化に時間を使っています。朝の7時台に瞑想を行ない、その後、生活時間へと入っていきます。大して多くのことをしていませんが、気づくと既に夕方です。時間の流れ方も日に日に早くなってきています。

だから、ターニングポイントも早いタイミングでやってくるのかな、という気はしています。私が急いでいなくても、時間が急いでいます(時間の尺が短くなってきている)。

時間の加速は、いろんな方が指摘しており、同時に私も実感していることなので信じるほかありません。

多くの方が人生の設定こそ違うものの似たような状況にあるのではないでしょうか。

オススメ関連記事: