[ある朝見た夢]

薄暗がりを、愛犬を連れて歩いていたら、いかにも黎明・幕開けという感じの輝きが地平線に見えました。それが普通の朝日とか、夕日でないことは一目瞭然でした。



「あの光の彼方には、どんなものがあるのだろう」、犬と足早に向かいました。しかし、突如暗雲が垂れこめてきました。非常事態だと直感で分かりました。この世の終わりかもしれません。

非常時には、犬の逃げ場は犬に決めさせた方がよいと思いました。下手につないでおくべきではないのです。犬は、自分にとってどこが安全かを知っています。

リード (引き綱) を手から離しました。そして私は、わずかでも明るさのある方向へと全力で走りました。

しかし、そこに至る前に、どこに何があるかも分からないくらいの真っ暗闇がやってきたのです。

歩くことすらできません。何も見えないのですから。

暗闇にじっとしていました。何かできることがあるとも思えません。ずっとこのままで終わるのかなと諦めて、地面に伏せていました。

しばらく経つと暗雲は、流れていきました。真っ暗闇は一時的なものだったようです。再び 「あの光」 が地上に降り注ぎました。

「犬を探さなくては」、そう思いました。愛犬は、離した場所にそのままいたようで、私を見つけてやってきました。

そして私はまた、犬と歩き出しました。

(この先の話があるのですが割愛します)


[この夢のメッセージ]

「信じて手放せ。それが目的地に行く、最も適切なルートだ。“信じて手放す対象は自分自身”」

夢の続きの部分については割愛しましたが、そちらが伝えていることは「同じ痛みを何度も、体験する必要はない」というものです。

[現実に起きていること]

私は元々マイペースなのと、関心をもつ対象とそうでないものがはっきりしていることから、気にしないことはとことん気にしないし、自分が注意を払っていることについてはとても気になる、という性質です。

注目している部分を拡大して、その世界に浸っていく (あるいは視野狭窄になっていく) タイプですね。

フルフィルメント瞑想を始めてから、そしてブロック外しも行なうようになってから、加速度的に “気になること” が減っていきました。それが、ここ1~2日で、もう一段階進んだようです。明らかに以前より、いろんなことが気になりません。物事も、人のことも。

拗ねてやけっぱちの 「どうでもいい」 ではなく、私がコントロールすることでも関わることでもないから「自由でいい」 という、晴々とした境地なのです。「自由でいい」 というのは、自分のことも含んでいます。

物事は、私が気を揉んだり、詮索したりしなくても、すべて上手く行っているのです。

視野がさらに明るくなり、体感としては、胸 (ハートの辺り) の内的空間がクリアになり、広がった感じです。フルフィルメント瞑想を続けていると夢(解放の夢・知性の夢)がいろんなことを教えてくれるようになります。

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