楽しかった旅も終わり、帰国しました。イラン大使館の発行したビザに若干「?」な部分があり、「入国できるのかしら」と思うところがありましたけれど、イミグレーションの通過に10秒もかかりませんでした(日本出国時並みの早さ)。よかった、よかった。

さてイランと言えば、栄華を極めたペルシアです。金銀財宝てんこもりのゴレスターン宮殿。

残念ながら、栄華を極め続けることに成功した国家はありません。今のイランはインフレが進み、苦境に立っています。時間軸においては、いいときもあれば、悪いときもある。波のなかにある。

イランは昔の大金持ち。それに対してアゼルバイジャンは今の大金持ち。バクー市街を走っている車は、ベンツ、BMW、ベントレーのどれかです。

2025年の万博、バクーも開催地に立候補しています。大阪は、お金もないのに万博誘致をしてはいけません(後の世代に負債を残すことになりそう)。物質的な面で、今の大阪がバクーに勝つことができるのは、水洗トイレのクオリティだけです。日本の水洗トイレは、世界最高水準にあります。

そして日本において今だに見かける「お金のブロック」のお話し。

せっせと「お金のブロック」を外したところで、住まいが2LDKのマンションから4LDKや一戸建てになることはあるかもしれませんが、ゴレスターン宮殿みたいな邸宅を手に入れることはできない。小さな島国日本において、隣近所や身近な人達と自分を比較して、小さな差異に一喜一憂し、心折れる自分を変えようと、せっせと制限や劣等感を外したところで到達できる地点には限界があります。小さなところを虫眼鏡で拡大して見ているので、大きなことを成し遂げたように見えるだけ。つい毒を吐いてしまいましたが、ブロックを外したことによって実現しうる違いとは、傍目からすると、そんなレベルのものです。当事者が満足して幸せならばそれでよいのでしょうが、どんな人も時代の大きな波のなかで、金持ちだろうと貧乏だろうと、自分を十全に生きるしかありません。

「私、お金を持っています」「私、たくさん稼いでいます」という人がいます(そういう人がいても、たくさん稼いでいても、もちろんOKです)。

そして「私、お高いものを買っているの」「私、安いものを使う気になりません」という人がいます(そういう人も地上に存在してOKです。「月に行ってください」とは言いません)。

私から見て、どちらもそれほど羨ましい存在ではない(僻み、嫉妬と思うなら、それで結構)。私にとって理想の姿は「金儲けや稼ぐことに長けた人」ではなく、「金遣いの派手な人」でもなく、「金遣いの上手な人」。つまり無駄のない人。そして「金遣いの上手な人」こそが、私にとっての「お金持ち」。上手に使ってこそ「お金を持っている」ことに意味が生まれるし、「お金(という価値のツール)を活用している」、すなわち「お金を持っている」と表現できる。

派手に(=無駄に)稼がなくても困ることがなく、派手に(=無駄に)使わなくても充足している。すなわち燃費が良い。

たくさん稼ぎ、たくさん使っているとしても、お金のポテンシャルを最大限に引き出して活用している人は少ないものです。従業員をたくさん雇い、高い売上を上げ、高い給料を支払っていたとしても、実は従業員の能力を活かし切っておらず、人材が定着せず、内部留保の少ない企業と、どこかしら似ています。

「派手に稼ぐ」「派手に使う」というのも、人生のどこかで経験してみたいことのひとつかもしれません。通過地点としての意味はあるでしょう。

(つづく)

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