「スパルタカス」を、私はNETFLIXで観ました(「スパルタカス」について書いた記事はコチラ)。NETFLIXには、「スパルタカス」を演じて後、40歳で他界したアンディ・ホイットフィールドの闘病ドキュメント(”Be Here Now”「アンディはここにいる」)もあるということが分かり、早速視聴しました(NETFLIX加入者はぜひ観ましょう)。

非加入者はYouTubeをどうぞ。ただしロシア語字幕。登場する人達は英語を話しているので、聞き取りができればおおよそのところは理解できるでしょう。


生活費を賄いきれなかった下積み時代を経て、ようやく主役を得て6年間の契約をもらい、作品(「スパルタカス」)は大ヒット。これで順風満帆と思われたところで、ガン(悪性リンパ腫)であることが判明し、「スパルタカス」をシーズン1で降板。一旦寛解したものの再発。1年半の闘病生活の後、この世を去ったアンディ・ホイットフィールド(享年40歳)とその家族の記録です。

この映像をどう見るかは人それぞれ、都度それぞれ。私が初見で感じたのは、ガンを宣告された当事者や家族の、治癒や生存の可能性を賭けての選択が、おおよそ考え得るすべての要素を網羅している、ということ。

妻は基本的には西洋医学、化学治療推し。しかし当事者であるアンディは、化学治療を受けつつも「あらゆる可能性を探すべき」と代替医療の道も模索しました。生活拠点のオーストラリアでは瞑想やヨガのコーチの指導を受け、インドに出向き、アーユルヴェーダのトリートメントを受けたり、占星学で星を読んでもらったりしています。さらに、ニュージーランドまで鍼治療に通いました。動画を観れば一目瞭然ですが、妻はバイタリティ溢れる力強い性質であり、その影響なのか「未来を信じる」「自分を信じる」「信じた通りに道ができる」的なポジティブシンキングも姿勢として定着しています。そういったプロセス(旅)を経て、最終的には放射線治療も効果を上げることなく、彼はホスピスで家族に看取られました。

結果論で言えば化学治療、放射線治療、代替医療、占い、瞑想、ヨガ、ポジティブシンキング、そのどれも彼の治癒には無力であった、ということになります。これも動画を観れば分かりますが、助かる道を模索して一縷の希望を見出さんとする一方で、刻々と近づく死を前に、静かな受入れが進んでいく感じが伝わってきます。もちろん、変えようのない未来に対し、表現しようのない深い絶望があるのでしょうが、受け入れざるを得なくなった以上、「ならば今できることは何か(”Be Here Now”)」を大切にしようと、気持ちを切り替える努力をしているふうに見えました。

アンディも家族も、手術、化学治療、放射線治療、代替医療、占い、瞑想、ヨガ、ポジティブシンキングを、病気を克服する旅の道しるべにしたかったことと思います。しかしそうはならず、死を受け入れる旅の様相を呈していきます。そして、人生って何かを追いかけ、何かを成し遂げ、何かに挫折し、視点を変えて未来に何かを見出そうとすることの繰り返しのように見えますが、全編を通じて起きているのは「自分という存在の死を受け入れることに対する準備」だと私は思うのですね。

人智によって変えられないもの。それが宿命。西洋医学だろうが、代替医療だろうが、占術、精神世界、潜在意識の書き換えだろうが、それらの及ばない世界が存在するということの前に、ひれ伏すときがやってくる。

この闘病記録とは関係のない話ですけれど、顕在意識のあり方が、潜在意識の作られ方に影響する部分は確かにあります。しかし顕在的な意識をとっかかりとして、自分や他者の潜在意識や広大な意識までが限界なく変わると思うのは傲慢と言いますか、人間による「自分の存在としての能力」のはき違え、としか言いようがないです。(人間としての意識が、深遠なる宇宙の意識や全体性を変えられるわけがない)

人間が逃れられないものを、ブッダは「生老病死」「一切皆苦」と表現しました。聖人であろうと凡愚であろうと、死ぬんですよ、その多くは病気で。

このドキュメンタリーを通じて、アンディの状態は一定していませんが、目の美しい、イイ顔つきの人だなあと感じました。

彼の死後のエピソードが最後に紹介されていて、私が自分の玄関先にニケ(愛犬)と同じカラーの鳥の羽根を見つけた出来事と被りました。

家族がガンを宣告され、余命をともに過ごす人達が、映像や報道に取り上げられないだけで、この世にたくさんいることは承知しております。それはそれとして、いろんなことを感じ、考えさせられるドキュメンタリーです。

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