愛って、どういうわけだか時空を超える神通力のようなものだと思われている向きがありませんか?(愛が時空を超えるエネルギーであることを、私は否定しません)



かつてのヒット曲ではありませんが、「必ず最後に愛は勝つ」。

宗教家やスピリチュアル業界の人達など、援助職の一部がときに口にする「事態や相手が変わらないのは、あなたに愛がないから」。ホンマかいな。

確かに「最後に愛は勝つ」かもしれませんけれど、自分にとって都合のよいタイミングや状況で、愛の効果が顕れるとは限りません。効果や、それが顕れる時期を期待する時点で、それは愛ではないですね。

そしてまた自分たちにとって都合良く変化していかないとき「それは、あなたの愛が足りないから/あなたに愛がないから」というジャッジをするのも、どこかおかしいと感じます。

あのイエス・キリストをもってしても、社会からは迫害に遭い、愛の大切さを説き、手間暇をかけて接してきたはずの弟子には裏切られ、十字架の磔刑となった際ペテロなどの弟子たちは、ビビって、隠れたらしいじゃないですか。

時代や社会背景が違うとか、人々の意識の段階が違うとか、地球は進化の最終的な局面にあるとか、現実化が加速しているとか、そういった話はともかく、恐らく(という表現をくっつけるまでもなく)意識の段階が私たちよりも数(千?百?十?)段上のイエス・キリストでさえ散々な目に遭っているというのに、どちらに近いかと問うたとき、凡人に近い私たちの愛がやたら早く、強力に何かを動かすものであると期待して意図をもったり、行為したりするのは愚かしい。(思い切りジャッジしています・笑)

愛は素晴らしい。愛に勝るパワーなし。「二元の世界認識においては」その通りですが、期待のあるところで何かしているとき、それを愛とか言って欲しくないわと、私は思います。

オススメ関連記事: