久しぶりの更新のような気がします。

年始から、水回りのDIY修理に燃えておりました。

昨日はコレ。今の家に建て替える前の家から、40年以上使っている洗面台の水栓交換。

【BEFORE】

【AFTER】




物事は順番に起こっている

最初は、1階のトイレタンクの水漏れ修理からスタート。

水を流していないときも、微妙に便器内の水が動いていることが気になって、タンクを開けてみたら、どうやら水漏れっぽい。

中の部品を取り寄せ、ひと通り修理。

その後、2階のトイレタンクも見たところ、ここもやはり、ボールタップやフロートバルブなどが劣化し、少しずつ水漏れを起こしている模様。

またしても、中の部品を取り寄せて修理。

ウチには、実はもうひとつトイレがありまして、そこは実質使用していないので、トイレのドアを開けることすら面倒でした。しかし「一応見ておくか」とフタを開けてみれば、先のふたつのトイレ同様の水漏れに加え、止水栓のコマやパッキンの劣化により、栓を閉めても水が止まり切らないことが分かりました。

新年早々、毎日が水回り部品の発注、毎日が、その日届いたものを使っての修理です。

3つ目のトイレ修理が、先のふたつのトイレで得た知見&経験の活用の集大成となりました。

トイレ水漏れ問題に対処しているうちに、我が家は築35年と古いので、キッチンや浴室などの水漏れについても点検&修理したい、という気持ちが湧いてきました。

ウチは電気温水器を使っておりますので、水の通る管とお湯の通る管があり、それぞれの止水栓は別のはず。

これまた古い温水器の取扱説明書を開き、「恐らくここだろう」という蛇口を閉める方向にひねってみたところ、そこから水がダーダー漏れてくるではありませんか。

その止水栓は、業務用なのか、家庭用の蛇口よりは大きいタイプ、そのものズバリが、急いで行ったホームセンターにはなかったので、パーツを2種類ほど購入し、分解→組立で対処しました。

その問題を解消した後、「キッチンの混合水栓」→「浴槽の混合水栓」→「シャワー&カランの混合水栓」と、順番に分解して修理していきまして、いよいよ冒頭の洗面台の順番がやってきたわけです。

つまりね、何が言いたいかというと、物事って対処容易な順番に経験するように起きていて、経験値を積むことで、応用問題がラクに解決できる、ということ。最も困難なことが、いきなり起こるということは通常なくて、日々、予兆/前哨戦のなかで暮らしている、ということ。

難易度は徐々に上がっていく

洗面台の水栓交換は、年始からの水回り修理のなかでは、最も難易度が高かった。

水漏れを起こしているものの、細かな部品を交換することや、代替部品を見つけることが難しそうだったので、水栓ごと交換することにしました。

洗面台の下に、自動車修理のように仰向けになってアタマを突っ込み、最奥の、ものすごく狭いスペースで、水の管、お湯の管と水栓を連結させねばなりません。

まずは古い部品を外し、新しいものを設置していくのですが、洗面台についても、3つ目のトイレや電気温水器同様に、止水栓からの水漏れ等があり、まずはそちらから直さねばなりませんでした。結局、修理を終えるまでに半日以上かかりました。

明確な意思というよりも、何となくの問題意識に導かれた順序で、トイレのタンク内修理から始まり、洗面台の水栓交換で(一応)終わったのですけれど、最初に洗面台とはならないのが面白いところ。最初に電気温水器の部品を修理する、とならないのも面白いところ。

対処可能な順番を、ちっぽけな私のマインドは知らないけれど、広大な意識は知っていてちゃんと組み立てていく。

細かなひとつひとつで、仕組みや構造を学び、それに対処していけば、難易度の高い問題が来ても、気が動転することもなく何とかできる。

翻って言えば、いきなりドカンと何か困った事態がやってきました、なんてことは、日常のなかにはほとんど起こり得ず、小さな課題に気づかないか、気づいていても見過ごしてきたから、いきなり大変なことになっているように感じる、ということです。

構造を知っていれば類推できる

私の父が、機械を組み立てる等、何かと “DIY魂” の人だったので、「自分でやってみる」ことの面白さを、私も子どもの頃から知ることができました。

小学生の頃、両親と一緒に、家に暗室を作って写真(フィルム)の現像をしたりもしました。WINDOWS 95 が日本に入ってきた頃は、パソコンの本体を開けて、メモリやボードを増設するのも好きでした。もし父親が “業者呼ぶ魂” の人だったら、何かあるたびに、私も業者に電話をしていたかもしれません。

“DIY魂” と “業者呼ぶ魂”、どちらが優れている、ということはありません。何かひとつの知見&経験が、ほかの知見&経験の基礎を作り、そこで何が起きているかを簡単に推測/類推できるようになる、というのが、“DIY魂” のよいところだと思います。それに加えるならば、身体の使い方を、身体と一体になって学ぶことができる、というメリットがあります。

構造や仕組みを理解していれば、ホームセンターの数百円の部品で直ることが分かり、業者に数千円から1万円以上の支払いをする必要もなくなります。構造や仕組み、何が起きているかが分からないから不安なのであり、「こういうとき、どこに電話したらいいの~?」という状況に陥るわけです。水回りのトラブルに限らず、人生すべからく同じ。

私の書いていることは、あたかも水回り修理やDIYについてに見えるかもしれません。

しかし、そうではなくて、真に伝えたいのは、日常の、何かひとつの出来事や事柄に処するとき、そこには、常に普遍的な原理に至る鍵が隠されている、ということです。

それを体感していれば、自己啓発、スピリチュアル系ビジネスのお世話になる必要はありません。それを体感していなければ、仮に、自己啓発、スピリチュアル系ビジネスのお世話になったとしても、普遍的な原理に到達することは、ほぼ無理です。

記事更新の間が空いたのは、水回りDIY修理に燃えていた、ということもありますが、特にブログに書くこともないと言うか、多くの人が「役に立ったわ~」「ためになるわ~」等感じる文章に、ためになるものなど、基本ないので、多くの人が、「これが、どのように私たちの意識と関係があるの?」というようなことを、たま~に書く2018年になろうかと思います。

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