私の職歴の流れです。

「テレビ視聴率調査会社 → 生活心理分析研究所 → プロダクションにて書籍編集&社長秘書 → コンサルティング会社 → 専門学校教員 → 自営業」

私は仕事に自己実現を求めていたので「これじゃない」 と思えば辞め、「きっと、これだっ」 と思った仕事は一通り経験しました。

コンサルティング会社に勤務していた頃、クリシュナムルティの世界に出会いました。

企業経営者は、業種・業界を問わず、会社の目的・目標・利益の達成に向けて、社員の意識を統一し、それに向けたアクションに向かって、彼らを動機づけていくことを望んでいます。

役員クラスの研修、管理者研修など、私は当初嬉々として取り組んでいました。それがみんなの幸せのための貢献になると思っていたからです。しかし、途中から疑問をもつようになってきました。

社員には、それぞれの人生観、幸福観がある。それが会社の方針や利益と一致する人は葛藤少なく働いていくことができます。でも、そうでない人にとっての組織とは、理不尽を強いられる場に過ぎません。

お金を得るとか、安定を得るとか、社会的信頼を得られるとか、何がしかのメリットがあるから多くの人が会社で働いているのでしょうが、組織のエゴを受け入れていくというのは精神的・肉体的にかなりのストレスになっているはず。

エゴをもつのは個人だけではありません。人と人とが集まって、そこに意志が生まれるとき、組織・グループもエゴをもつようになります。派閥闘争なども、そのひとつです。

私は徐々に自分の関わるコンサルティング業務に疑問をもつようになりました。

「誰のため?」「誰の幸福のため?」「私は何かの役に立っているの?」「ひょっとして、誰かを不幸にすることの片棒を担いでいない?」

その頃、たまたま手に取って読み始めたのが、クリシュナムルティの本です。クリシュナムルティの言葉のなかでは、「真理は、そこへ至る道のない土地である」というのが有名であるらしいですが、私のなかでのインパクトということで言えば「宗教組織や組織的な活動によって真理に到達することは不可能である」の方が勝ります。教団のトップだった人物が、こういう論拠により、組織を解散してしまったのですから。

私が好きなのは、「自我の終焉―絶対自由への道 」 という本。そこにこんな文章があります。

「真理は努力して手に入れることのできるものではありません。また愛は、愛に執着したり、それと一体になりたいと思っている人のところへは、決してやってこないものなのです。精神が何ものも求めず、完全に静寂になり、依存したり、そこからある力を引き出すことができるような信念やいろいろな働きを、精神がもはや生み出さなくなったとき、そのとき確実に真理と愛が到来するのです」

そして「何者かでありたい」という願いをもったときから、自己欺瞞が始まる、とクリシュナムルティは述べています。

こんな本を読み始めてしまったので 、私はコンサルティング会社に勤務し続けることができなくなりました。

「会社に勤める」 ことと 「真理の探求」 を一緒にするな~ではありますが、「人の役に立ちたい」 という自分の動機そのものを疑ってかかる必要がある、ということに気づかされた時ですね。

クリシュナムルティは、私が尊敬する、数少ない一人です。

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