イスラエル旅行にちなんだ話、第二弾です。

第一弾はコチラ



最初に反応がやってきた

ティムナ国立公園。

(ネゲブ砂漠にあり紀元前の古代エジプト文化や暮らしの跡がある。イスラエル人の王、ソロモンは銅山を支配した)

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ソロモンの柱
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当時と同じように作られた天幕。なかには祭壇が設けてあります
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国立公園の夕焼け

こんな広大な砂漠地を、車で移動して見て回ります。

事情がよくわからないので

まずは公園入口近くのトイレに行っておこう、となりました。

 

そこで、地面が揺れました。

それは遊園地のアトラクションのよう。

あまりに揺れるので

危ないから、とりあえず便座に座りましょう、というレベル(笑)。

 

めまいで表現すると、レッドゾーン。

私と同じ症状に見舞われたのは、もうひとり。

そのほかの人たちは、「揺れてなんかいないよ」と言いました。

後頭部辺りも、カクカク鳴って、ときに痛みます。

 

私は、人から

「過去生がこうだったから、こんなことが起きている」

と教えてもらうことによる

今生との因果のひも付けを既に止めています。

 

しかし

ここを訪れることによって思い出したので

それは尊重しようと思います。

 

私は砂漠を集団で移動しているとき

行き倒れになりました。

 

仲間に助けを求めても

声が届かなかったのか

見捨てられたのか

そのまま死にました。

 

そのときの無念さがあるようです。

 

すなわち「私の声は届かない」

「私の存在を、誰も気にかけない」

「私は集団において、取るに足らない存在だ」

「誰かに求めても、自分に手が差し伸べられることはない」

というものです。

 

もうひとつ

どちらかというと内面的な反応がやってきたところ。

クムラン国立公園。

(エッセネ派が信仰に基づく厳格な共同生活を送った場所で、死海文書が発見されたところ)

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戒律に従い、一日に2回、沐浴していた
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死海文書が発見されたところ。向かって左に入口がある

私はここにいたと思います。

エッセネ派は

古代ユダヤ教のなかでも

最も厳しい戒律に基づくグループであり

俗世間から離れ

“義の教師”に率いられ

修行に明け暮れる集団生活を送ることにより

自分たちの宗教的清浄さを貫こうとしました。

 

組織のなかで

何か疑問をもったとしても

それを口にすることは許されず

それを口にしたとしても不興を買うだけで

共感されず、受け入れられることもなく

個よりも組織の大義とルールとヒエラルキー(力関係や人間関係)が優先される。

 

それに対する無力感のなかにいる自分が見えてきました。

家族でも、5人いたら

それぞれが5分の1の力をもつわけではないのと同じ。

本来、誰もが平等の存在かもしれないけれど

関係性や環境において公正・公平であるとは限らないのと同じ。

 

ここでは、

「集団が個人を導くことはできない」

「他者の生活や考え方に介入しても、弊害しか生まない」

「小さな自分の声は聞き届けられない」

「もっともらしい観念や世界観を押しつける上位者から自由であることが何よりも大切」

といった信念が作られたようです。

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モーセが人々を率いて、40年間彷徨った砂漠

モーセも、たくさんの人を引き連れて

出エジプトしましたが

本当の意味で救われた人など

そうそういないのではないかと思いますね。

 

組織のリーダーは

リーダーであるかもしれないけれど

メンバーを救うことはできない(救世主にはなり得ない)。

 

リーダーとして

有形無形のものを与えているかもしれないけれど

メンバーから

見えないところで多くのものを奪い、彼らに結構な迷惑をかけている。

・・・というところに、私はやたら敏感な人間として生きてきました。

 

組織や組織化

自分のリーダーをもつこと

自分が誰かのリーダーになること、すべて嫌いです。

 

理念や理想に基づいて

人と人とが結びつく

「あなたのため」

「こうあるべき」

「真理とはこうである」

と介入する/介入される。

 

そういった一切のことに、とてつもなく絶望しているわけです。

ただし、ただ絶望しているだけならば

ブロックとして扱っていくことも

可能ではあるのですが

別の要素が複合的に

関わっているので

なかなか手放しにくいのである

ということに、今回の旅で気づきました。

 

この続きは別記事にて。

 

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