私はフルフィルメント瞑想実践者ですが、ヴィパッサナー瞑想というのも、素晴らしい瞑想法と思います。

著書である山下良道先生には、5年以上前から注目していました。この本、いいですよね。

青空としてのわたし

少しだけ内容に触れてみましょうか。

「私は、シンキングマインドをよく映画にたとえます。

考えごとをしているということは、頭のなかでいろいろな『映画』が展開しているようなものだからです。

(中略)つまり、ふだんは映画のなかにズブズブに入り込んでしまっているということです。

私たちの苦しみの原因は心です。

(中略)それなら、自分の心がどういうふうにして苦しみを作っているのかを観たほうが決定的に早いです。

(中略)しかし大部分の人は納得できません。

『苦しみは私の心が作っているんじゃない。客観的に存在しているんだ』と思うのです。

だからこそ、本当に自分の心を徹底的に観察してみる必要があります。

(中略)苦しみを解決したければ、思い出すのをやめればいい。

たったそれだけのことなのです。

『そんなこと言ったって、やめられないんだ』と思われるでしょうか。

(中略)もう、その人は関係ないのです。

思い出すということは、完全に心の範囲内のことですから、自分の心だけで決定できることです。

(中略)映画は、没入するとすべてがリアルに見えて、それが映画だということを忘れます。

(中略)我々は、その映画を止めること、映写機のスイッチを切って、スクリーンを元の真っ白な状態に戻すことができるのです。

映画にズブズブに入り込んでいる人は、すっかり何かを忘れています。」

山下先生は宗教家(僧侶)なので、そういう視点からの発言になりますが、哲学でいうと、現象学などとも関わりのある内容です。

仏教では “心の働き”そのものを“病い”ととらえるそうです。つまり“心の働き”をもつ人間という生き物は程度の差はあっても例外なく、すべてが病人で、健康な人間、不健康な人間というふうには分かれないのです。なので、“心の働き”を止める、そこに取り組みます。

“心の働き”が、すなわち“雲”です。私たちの本質は、“雲”のない“青空”です。私もブロック外しのメールセッションでは「構造をよく見て、見破ってください」「視点を大きなところ、高いところにもっていってください」と言うことが多く、つまりはこの“心の働き”のもっている病的側面(“雲”)に自覚的であってください、ということです。

山下先生の関わっている書籍としては、こちらも面白いです。瞑想ジプシー経験者真理を求めて彷徨ってきた人のほうが、面白く感じるかもしれません。仏教におけるいろんな枠組み、というものに、関心のない人には、ピンとこないかも、ですが。

アップデートする仏教 (幻冬舎新書)

※ この文章は、当時の所感です。私と山下先生との間に、何か接点があるわけではありません。また、現在の活動等についても存じ上げません。

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