スピリチュアルな世界で、よく耳にする言葉シリーズ第2弾。

“人生に起きてくること、すべて自己責任です”

これはその通りなんですけれど、人によっては断罪されているように感じるもののようです。



以前、私が「人生は、何を選択するも、その結果、何が起きるも自己責任ですからね~」と世間話のなかで何の気なしに言ったところ、「自己責任というのは、キツすぎる言葉だと僕は思っている!」と、キツく反応されたことがあります。

想定以上にキツい反応を得たので(といいますか、何の摩擦もなくスルーな話題と思っていましたので)彼のなかに、何かそう反応せざるを得ないものがあるのだろう・・・と解釈しました。その方は心理カウンセラーさんなので、ちょっと意外でした。

先の記事に書きました通り、いろんな人間がいても、そこに関わりや関係というものがある以上、“創造”も“関係”も化学変化によってもたらされる相対的なものだと認識しています。

なので自己責任で創造してはいても、そこにいろんな可変要素が関わってくるので、100%自分が思い描いていた通りになる、というわけでもないのです。

“自己責任”という言葉を嫌がる人は「今、あなたがそのようにあるのは、すべてあなたのせいだ」と責められているように感じるのかもしれませんね。それもひとつの心の癖です。

いいことが起きたって、それは“自己責任”の範疇なのに。

他者が責めていると何で思うのでしょう?その理由は自分のなかにあるのではないでしょうか。

“自己責任”という場合、私は「責任をもって過去を贖罪しろ」ではなく「自分の人生は、自分で変えられる」というように捉えます。「ポジティブになろうと頑張って、そう思うことにしている」のではなく、そうとしか思えません。過去を作ってきたのも自分ですが、これからを作るのも自分です。そこは自由に取り組める、自分にしかできない部分なのです。

そういう意味で、私はこれからの人生について、常にワクワクしています。だって自分で感じて、考えて、自由にいろんなチャレンジをできるんですよ~。楽しいじゃないですか。

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