アルバムを並べてあるクローゼットがあり、アルバムの奥に、亡き父がかつてアメリカに仕事で半年以上滞在していたときに受け取った書簡の束を見つけました。

保管するつもりだったのか、何かの拍子に忘れ去ったのかは分かりません。

こんな写真も出てきました。

祖母、母、弟と。

現在の家は1980年代に建て替えたもの。この写真に写っているのが、一番最初の家です。父が日本に帰ってきていなかったので、祖母を同伴、ここにはまだ住んでいなかったのだと思います。

書簡の大部分は母から父に宛てたもので、シュレッダーをかけながら、ざっと文面を読みました。

「あっこちゃん(※当時2~3歳)には本当に手こずります」「いろいろ話しかけてきて、この手紙を書くことにも集中できません」「いたずらをしたので、暗いところに閉じ込めて出られないようにしたら、『もういたずらはしない』と約束しました」「うちはこの辺りでは、とても子供に厳しいようで外で叱りづらいです。でも家に帰ってきてからでは、何を叱られているのか分からないと思います」「ヤンチャを言うので、体罰をしたら諦めたようです」「私が厳しく叱るので、カサカサした子、落ち着きのない子になるのかなと思っていましたが、情緒豊かなところがあるようです」「『パパは好き、ママは嫌い』と言います」「乱暴な子といると乱暴になり、大人しい子といると大人しくなる。人真似ではなく、もっと主体的な子どもになって欲しいです」等々、私に関する愚痴や報告がいろいろ。児童相談所に私のことで相談に行ったようなことも書いてありました。私が特異な問題を抱えた幼児だったわけではなく、父が離れた土地にいて、母一人で私と生まれたばかりの弟の世話をするのが、しんどかったのだろうと思います。

一方で「あっこちゃんが反抗的なのに対し、〇〇君(私の弟)の笑顔にはとても幸せな気持ちにさせられます」と、生まれて間もない弟が可愛くてたまらない様子も窺えました(←後年、母は私に「アンタは手のかからない子でラク過ぎた。弟は難しい子で何かと手を焼いた」と語ることになるのですが・・・)。

 

生前の母から渡された、私の誕生から約1年の育児日記があります(変なところでマメな人でした)。

それがコチラ。

例えばですね、生まれて半年後の日付には

「今日で満6カ月。あっこちゃんはあまり手のかからない良い子なので、あっこちゃん一人で大きくなったような錯覚を持ってしまう。知恵の発育も順調。健康で誠実、心の強い人に成長してくれたらと思う」

8カ月の頃は

「あっこちゃんの表情、しぐさを見ていると幸せでジーンとする。我が家の宝物」

とあり、「バブバブ」言っていた頃はストレスよりも、可愛さのほうが勝っていたようです。

「バブバブ」。ワンコのぬいぐるみが可愛い。

そういうのを読みますと、子どもを虐待する世の親達も、ざっくり言って、子どもが生まれたときは心から喜び、愛(め)で、成長を楽しみにしたのではないかと思います。子どもの自我が発達し、何だかんだと話しかけるようになり、いろんなものを触りまくって動き回るようになると、親の思い通りにならないイラっと来る場面のほうが増えて行く。どこかに閉じ込めたり、暴力を振るったりすることで、子どもの主張や行為を食い止めることができると親が学習すると、ことあるごとに「しつけ」と称して「暴力的なこと」を繰り返すようになる。そんなパターンも結構あるのではないかと。最近の報道を見ると、生まれて早々から虐待される子どもというのも少なくないようですが。

遺された記録を見ると、母なりに私を愛してきたつもりのようですが、恐らく母性豊かなタイプではなかったのでしょう。頑固で、柔軟に考えや態度を変える人でもありませんでした。決して悪い人ではなかったのですが、子どもの側から見ると、子どもに対する支配欲がとても強かった。

不思議なことですが、私が小学生低学年、弟が幼稚園児の頃、大学の通信教育課程で母は幼稚園教諭の免許を取りました。その理由を「子どもが好きだから」と言っていたように記憶しています。

「子どもが好きなら、他所の子どものことはともかく、自分の子どもに対するあり方を考え直したほうがいいんじゃないか」と思いましたけれど、面倒な展開になるので何も言いませんでした(晩年のことは分かりませんが、母親は自分のことを「出来た母」だと思っていました。なぜならば手元にいる間は子どもをコントロールし続けることに成功したから。「アンタが優秀ないい子に育ったのは、私の教育が良かったからだ」と真顔で言うくらい、自分を勘違いしていました)。・・・といった生育環境にあったため、私も弟も示し合わせたように、実家に寄りつかない大人に成長。親は自分の子供たちですから、愛着や関心があったかもしれません。でも、子どもの側に、親に対する愛着や関心が育たなかったんです(弟には弟なりの別の事情や理由があるのかもしれません)。

それでも、大学を卒業するまで面倒をみてくれたことについての感謝はしています。世間一般が考えるような感謝ではないかもしれませんけれど。

中学生くらいから「早くこの家から離れたい」と考え続けていたため、「自立」に向けて物心ともに早くから準備へのスタートを切りました。

私は「毒親でも、子どもを自立させたなら十分に立派」と思っています。

過去記事:「子どもを自立させる親は立派です

毒親ではなく、むしろ素晴らしい親であるにも関わらず、子どもが自立しないというケースは、私の経験上では少ないです(どちらかに病気や障害などがある場合を除く)。

つまり素晴らしい親は、子どもを自立させられる。一方で素晴らしくない親(毒親)であっても、子どもを自立させれば、それなり以上の役割を果たしている、ということ。

「これが完璧」という定められた条件はありません。完璧な親、完璧な人間もいません。私は親に期待することを人生早々に諦めたので、自立に伴い実家から疎遠になりましたが、「『いい親ではない』ということに関して完璧な親をもった」と思っています。自分を「素晴らしい親」であると勘違いしたアンポンタンのお蔭で、私の人生の課題(カルマ)がより明確になりましたし、それに取り組む大きな機会も持つことができました。

ラクな親の元にずっといたところで大きく成長することはありません。望ましい環境になくとも「そこからのギフトは何か」を大切に考察して生きていきましょう。

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