昨日は、瞑想のマントラ伝授で、遠方よりの来客がありました。なんと、その前日に教室スペースのエアコンが故障。「どんな罰ゲーム!」って感じです。急きょ、屋根裏部屋から扇風機を降ろして使うことに。暑さが超苦手という方でなくて救われました。

今年は酷暑ということもあって、点検修理も込み合っているそうです。それでも10日後くらいには見に来てもらえるようで助かりました。購入したエアコンがたまたま「5年保証付き」のものだったので、修理にいくらかかるかまだ分かりませんが、全額自己負担ということはなさそうです。室外機って、日陰や直射日光の当たらないところに置くほうが、いろんな面でいいようですね。・・・ということを今回の件で学び、やたら日当たりのよいところにある、我が家の室外機の上にシェードを付けることにしました。台風一過の頃には、届くことでしょう。

さて、昨年秋頃からでしょうか。人と人との結びつきと色分けが、かなりはっきりと棲み分けられてきたように感じています。私はマーケティングリサーチャーとしての仕事ももっており、大学時代から統計学に関わってきたことから、「クラスター分析」で言うところの「クラスター(集団/群れ)」がどんどん明確になってきている、と表現したくなります。

それ以前は、もっと相互乗り入れが簡単でしたし、異質な者達が、同じ場に共にあり、一見共に歩んでいるようなふうに感じることができました。今ある道から別の道へと移ることも容易でした。現在は、それぞれのクラスターが明確になってきています。すなわち分離が進んだとも言えますし、歩む道同士が交わることが少なくなったとも言えます。

私がお客さんとして想定する層を絞り込んだのも、背景にはその流れがあります。離れたクラスター、歩む道の交わらないところからお越しになっても得るものがありません。

常々感じるに、この業界で金払いがよいのは「お花畑系」と「獲得系」の方達です。その層に見込まれると、お金はザクザクと入ってきます。

しかし、私が今後していきたい仕事は「お花畑系」と「獲得系」の対極にあるので、そのタイプの人達が目をキラキラ輝かせて寄ってきたりすると、彼らが求めているものを提供するつもりがない私は弱っちゃうんです。「お花畑系」の人は「夢を見させてくれる人」のところへ、「獲得系」の人は「次々に目標/課題/テーマを示し、エンドレスに何かを追い求めさせてくれる人」のところへ行くのがよろしい。

ぶっちゃけて言いますと、「幸せとは何か」「自分を生きるとはどういうことか」という深遠なテーマに心悩ませているかのように振る舞いながら、「自分にとって幸福な世界で生きている実感」があれば現実には「十分に幸せ」という人がほとんどです。なので「お花畑系」の人は「夢を見させてくれる人」のところへ、「獲得系」の人は「次々に目標/課題/テーマを示し、エンドレスに何かを追い求めさせてくれる人」のところへ。それで得られる類の幸せが「その人にとっての幸せ」。それも悪くないと思います。

クラスター化が進み、生きる世界がさらに分離し、明らかに上手くマッチングしない同士が関わり合うことに意味を感じなくなりました。私が仕事において対象とする人達は、そもそもの絶対数が少ないし、比較的自立した精神をもっているため、限られた人に対し、限られた機会の関わりをもつスタイルを深めていくことになります。

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