途中で止まっていた、外塀の工事を、このGWにしていただきました。数年ぶり。

工事していなかったところが、レンガ部分から落ちる黒ずみにより、かなり汚くなってきたためです(そうでなければ、あえて工事することはなかったでしょう)。

【Before】(見過ごしがたい汚さに注目)

【途中経過】(フェンスを外して、形を作っていく)

【After】(山をイメージしての製作だったようですが、海にも見える)

【そして今日のニケ】



さて、私は映画好きなほうではありません。しかし振り返ってみると、アイルランドの映画を見る機会が多いような気がしてきました。

アイルランドには「タラの丘」という聖地もあるそうで(私の屋号は「たらのいえ」)、何かご縁のある土地なのだろうかという疑念を抱きました。そういうのは大抵、ただの妄想か誤解なわけですが(笑)

6年ほど前、私は占星術とタロットリーディングをする、クレアボンスだったか、クレアオーディエンスだったかの能力のある方に会う機会がありました。話の内容は忘却の彼方で、タロットリーディングをしなかった、ということだけ覚えています。

そのとき渡されたメモがあります。そこには過去生の舞台となった国が書かれていました。私も自分の過去生をそれなりの数、覚えているのですが、その土地とはなぜか、あまり被っていない。

もらったメモには「ロシア、ポーランド、カナダのカルガリー、デンバー、エストニア、フィンランド、スウェーデン、フランス、スペイン、北アフリカ」と書かれており、さらに適職を示すものと思いますが「教師、セラピスト、カウンセラー、建築、ホテル業、作家、ジャーナリスト」とありました。

アイルランドとは書かれていませんでした。とは言っても、書かれている土地、私が覚えている土地は数少ない。転生を数百から数千の規模で繰り返してきていると思うので、メモに書かれた国や土地、私が覚えている国や土地を足し上げたところで、到底追いつかないくらい、いろんなところで生きていたのだと思います。

職業については、今生に限って言えば私は「建築」を学んだことがないため、しっくりこないところがあります。でも、家に関わる各種の作業、構想を練ることは好きです。

転生の土地のリストのなかに「北アフリカ」とあります。古代エジプトには何度か生まれています。そのなかのひとつが、測量をして、計算をして、巨大な石を今とは異なる方法で動かして、さらに巨大な建造物を作ることを司っていた人生です。と考えてみると、「建築」も決して私と無関係ではない。その資質は今もどこかにはあるのでしょう。

どんな人も生きている間にいろんな体験を積みます。そして、それらが魂に触れた分だけ、生と生の間(時間)を越えて、エッセンスをもっていくことができると思うのですよ。だから、上等なことから下らないことまで、魂に触れる形で体験していることが大切。出来事をなぞるだけの人生は、真の体験にならないので、そこに隠された知恵や叡智をもっていくことができない。

「アイルランドの城と歴史」というシリーズを観て思ったこと。

例えば日本に生まれた私は、桶狭間の戦いとか、大阪夏の陣とか、天下分け目の勝負がどうなった、飢饉がやってきた、疫病が大流行といった歴史的要因からの影響を、紡がれてきた命としての私の乗り物(肉体)に受けている面があるでしょう(日本の人口が全滅していたら、ここには生まれてこないのだから)。しかし、肉体に乗っかっている私の魂そのものの歴史と、生活している土地や国の史実(歴史の教科書に載っているようなこと)との本質的な関わりは薄いということです。同じ土地や国に、魂レベルで縁のある人達がまとまって生まれてくるとしても。

魂の目指す体験が得られやすそうな個体を乗り物として選び、成就に向いた土地に来ているという側面が強いと思いますね。

「アイルランドの城と歴史」は面白かったです。アイルランドは何世紀にも亘り、戦いが繰り広げられる舞台となったところ。今もたくさんの古い城が残っています。

城は戦場になったり、捕えた人達を幽閉したりと、そこでかなりの数の人が死んでいて、因縁深い場所。維持費も修繕費も超高額で、住み心地がよいわけでなく、活用方法に規制が多いにも関わらず、古い城に魅せられ、購入して、現在ひとりで住んでいる人達がいます。男性ならばまだ分かりますが、女性も何人かいる。幽霊が出るようですが、あまり気にしていないそうです。家賃を低く抑えたくて、あえて事故物件を選ぶ人は日本にもいますが、住むところに対する価値観がそれとは違うみたいです。過去生で、その城に関係していたのかもしれませんね。でも関係していたところで今生では、その城という「モノ(物質、物体)」とまったく接点のない暮らしをしている人のほうが多いことでしょう。

私のケースで言えば、転生リストにあるエストニアなんて、どこにあるのかすら知りません。しかし、今となっては遠いエストニアでの、魂に触れた体験のエッセンスは、資質や個性として、今生の私のなかに生き続けているのだろうと思います。

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