満たされない感じ、不足している感じ、不幸せな感じを抱いているとしたら、それは魂の願望が実現されていないから。(日常的に困っていることはないものの、魂の願望の実現に関しては、私もまだまだ、ま~だまだです。魂の願望のベクトルの着地点が、ココではないことは、痛いほど分かっております)



昨日の記事

我を維持するに当たっては

・お金

・賞賛、承認してくれる人

・言うことを聞く人

・近しい関係の異性(自慢できる要素があるほうが良い)

・付加価値要素の高い物品を手に入れること(コンプレックスを反映したものであることが多い。ブランド物など)

・耳目を集めること

などが必要です、と書きました。

上記は「これらがあれば幸せになれるはず」と思う条件に当たります。

実際のところ、お金がじゃんじゃん入ってくればウハウハするし、人に褒められれば嬉しいし、だとは思うのですが。(私は、依存してくる人と、鵜呑み・言いなりの人は歓迎しません。耳目を集めることも望んでいません)

もちろん、物質的、エゴ的体験を通して魂の願望に近づくことができれば、それでよいのです。物質的にも、エゴの面からも満たされる体験があっていい。なぜならば、かりそめでも自信を持つとき/持った経験、満たされた経験が、あるほうがいいからです。

それらがないと、エゴでないものや魂の願望が何かに気づく機会を得にくい。(生まれたときから一貫して悟っている人、聖人ならば別ですが)

現実的なところで満たされながらも、我欲肥大を招かず、魂の願望に的を絞っていくことのできる人とは、自己観察を丁寧にできる人、直観や直感に優れている人であることが多いように感じます。(何事にもセンスというのはある)そういう人は、この世的に何をしていても魂の道から逸れることが少ない。

しかし大多数は、平々凡々、凡夫のなかの凡夫なので(凡夫とは…愚かな煩悩を断じていない衆生。コトバンクより)「欲しいものを全部手に入れた。私は人生の成功者である」「十分に幸せ」「この状態が死ぬまで続くように努力しよう」「あわよくば、もっと得られるかもしれないから、死ぬまでに残っている時間もあるし、もうちょっとやってみるか」といった辺りが人生の落としどころとなり、我を維持するための活動を継続展開。そこに地獄の釜が口を開けて待っている、という流れになります。(あるレベル、次元には、地獄があるからね)

では、魂の声を聴くには、どうしたらいいのか?絶えず自分を見つめ(自己観察)、自分でないものをクリアリングする、ということになります。

ほかにも道筋はあるかもしれませんが、上記が、誰もが取り入れられる道と思います。

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