私はNETFLIXの海外ドラマ「ナルコス」が大好き。繰り返し観ていて、毎回テーマソングが流れると「蹴ってまおか~、ディエンモー」と、似非スペイン語で口ずさんでしまうくらい好きです。

実話に基づく、コロンビアの麻薬カルテルのドラマで、実在した麻薬王パブロ・エスコバルを中心としたストーリーがシーズン1と2。同じコロンビアでもカリのカルテルを取り上げたのがシーズン3。基本的に麻薬カルテルもの、私は好きです。


「ナルコス」が好きな私は、機械など、いろんなものをバラしたり、組み立てたりするのも好きでして、衝動に勝てず、最近自分で作ったハーバリウムの中身を若干取り出して調整してしまいました。ちょっとばかり、ご満悦なので、載せておきます。


先日、ニューライフマントラの伝授をさせていただきました。

ちょうど新月の時機と重なり、春分の日も控え、ニューライフに発進する、しかるべきタイミングだったのでしょう。

私の感覚で表現すると、ニューライフマントラは、伝授を受ける方の「天の仕事」と「地の仕事」の両方を拡大し、統合していく働きをもつ瞑想です。「仕事」という表現がしっくりこなければ、“work” あるいは「生き方」と言ってもいいかもしれません。

人間には、地上に生まれた者として「地の仕事」があり、そこにユニバースの流れによって切り拓かれる、宇宙的存在としての「天の仕事」の要素が加わることで、人生がより統合され、成就していきます。「地の仕事」が「天の仕事」を生み、両方をまっとうすることが、この世に生を受ける意味だと思うのです。

ドラマ「ナルコス」で描かれている人達は、「地の仕事」に偏っているように見えます。麻薬、お金、権力、セックス、暴力、家族が、選択や行動の原動力になっているマフィアの人達。それぞれが個性的で、とても人間くさい。「地の仕事」には、人間くささが伴います。

そんなマフィア達の横暴に翻弄される、コロンビアの普通の人達からも、「地」のエナジーを感じこそすれ、「天」のエナジーは希薄。

しかし「地」における、エロ・グロ、美しさ、醜さ、清らかさ、腐敗臭、生きること&得ることに貪欲な姿など、「味噌も糞も一緒」とばかりに肉体と物質を至上に置く世界観が、ドラマ(実話)として大変面白いわけです。行ったことはないけれど、風景、歌や踊り、空気感など、南米はとても惹かれる場所。

当時のコロンビアは汚職にまみれていて、警察官や政治家も、マフィアに買収されていました。マフィアの息のかかった山ほどの人達が幅を利かせるなかで、掃き溜めの鶴のような人もいて、そういう人達の勇気と高潔さと決断があって、山あり谷ありの後に、事態が収束に向かいます。

すなわち、混沌とした「地の仕事(生き方)」があるからこそ、「天の仕事(生き方)」が生まれてくる、という仕組みがあります。そしてこの世では、「天の仕事」は「地の仕事」を通して表れてくるものなのです。「天の仕事」とは、日本ならば神主とか、巫女とか、神事に携わるような、一般的でない職業をイメージするかもしれません。しかしそうではなくて、どんな人においても、地上の当たり前のコトを通路として、宇宙や(宗教的な意味ではなく)神の要素や神性が出現します。

それぞれの人に応じた地上のコト、そしてそれらを通路としたユニバースの体現が人生に生まれ、両者が調和をもって拡大していくことを、ニューライフマントラはサポートします。

この写真(↓)。近所の公園の桜の幹。花のつぼみが出てきています。「桜の木が四季により、その姿を変えていく=地の仕事」、「桜の木に花を咲かせる命の仕組み=天の仕事」です。

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