伝授にいらした方に、ハロウィーンビスケットをいただきました☆

まだ9月と思っていましたけれど、そういった時期に入ったのですね。

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私がフルフィルメント瞑想の教師になった頃は

つつがなくプージャ(伝授の儀式)をまっとうすることで

いっぱいいっぱいと言うか

とにかく、それにすべてを捧げていました。

 

2年経ち、今は若干心持ちが違ってきていまして

「空(くう)」と「色(しき ※現象界)」を繋ぐ者として

伝授を受けられる方への祝祭(セレブレーション)

を司る意識でプージャを行なっています。

 

以前、こんなことを言われたことがあります。

「マントラは、古来からあるもの。プージャを通じて、わざわざマントラ伝授を行なう意味が分からない」

「“伝授を行なう人” という存在が理解できない(なぜ、そんな人がわざわざ要るのか)」

「この世のすべてが完全であり、満たされているならば、私達は既に完璧なのだから、プージャを通じた伝授の必要がない」

 

はい、そうですね(笑)

そういう方は

フルフィルメント瞑想とは無縁と思われるので

ご自分と縁のある

よりフィット感のある道、

生き方を選んでいかれることでしょう。

そして、それも

正しい選択肢のひとつと思います。

 

実際のところ

伝授(プージャ)には

伝統を伝えてきたマスターたちが

多数手助けに来てくれていますし

 

伝授を受ける方が到着する

ずっと前から

場の空気・波動を

静寂・清浄に整えてくださっています。

 

扉を開けたとき

目に見えてその場にいる

肉体をもった存在は私だけですけれどね(笑)

 

「“プージャ” や “伝授する人” の意味が分からない」

という問いに対して

「なるほど」

と私が唸った回答があります。

 

「私達が本来、無限の源である『空(くう)』だというのならば、

『色(しき ※現象界)』にある私達が、何かのサポートを得ずとも、

自由に『空(くう)』と繋がり、『空(くう)』を生きることは十分に可能だ」

という考え方もあるでしょう。

 

「可能か、不可能か」と言われれば

「可能」でしょうね。

ただし、幾つもの転生を経ての

より多大な時間を要すると思います。

 

私が唸ったのは

「『色即是空 空即是色(色は空であり、空は色である)』の境地を、

本来完璧なはずの個人が、

ひとりで簡単に見出すことができるのであれば、

なぜブッダや、イエスが地上に現れたのか。

なぜ、儀式(リチュアル)やプージャの必要が生まれたのか」

という言葉でした。

 

「『空(くう)』と『色(しき)』を繋ぐには、

その役割を果たす、

両者を繋ぐ存在が必要になってくる。

それがブッダやイエスなどの肉体をもって現れた存在であり、

儀式(リチュアル)であり、プージャである」

 

ブッダやイエス(やほかの聖人たち)は

人間の形をとったリチュアルであり

彼らに足を止めて出会う者は、それだけで変性・加速する、ということです。

 

ほかから一切の影響やサポートを得ることなく

ひとりで生きていても

目覚めたり

解脱したりは可能かもしれません。

 

しかし

より難易度の高いものとなることのほうが多い

ということでしょう。

 

プージャを受けたことのある方のなかにも

プージャの前後最中に

何かに気づいたり

感じたりする方が少なくありません。

 

プージャを行なう側の人間である私も

そこには五感を通して感じる以上の

何かが橋渡しされていることを

そのたびごとに感じます。

 

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