※ この文章は、ヒーリングをボランティアやビジネスとして、手がけられている人たち、あるいは緩和ケア、ターミナルケアに関わる人たちに対するジャッジを行なうものではありません。


積極的にすることこそありませんが

ヒーリングも

メニューのひとつとしており

それなりにお褒めの言葉をいただいております。

 

しかし

そのお言葉について

私自身が、常に100%

そのまま受けとめる、ということはありません。

 

それをするほど

純真無垢な人間ではないし

おめでたくもないし

傲慢でもないからです。

 

喜んでお金を支払い

喜んでヒーリングを受け

その結果に納得する人がいて

 

「いや~、やっぱり、私の行なう、このヒーリング法には効果があるのだわ」

と心躍らせ

そのテンションでアピールし

お客さんを引き寄せ

エネルギーを拡大していく

 

というプロセスは

それはそれで

よろしいかと思うのですが…。

(ビジネスを拡大するのであれば、一時的にも自分をマジックにかけ、妄想を誇大に、たくましくすることも必要なときがあります)

 

今のところの結論は、

世の中のヒーリング

(エネルギーワークと表現してもよい)

は、「緩和ケア」である、

ということです。

 

治療困難なガンや

近づいてくる死についての

「緩和ケア」や

「ターミナルケア」のように

 

ヒーリング(エネルギーワーク)も

 

より安らかに病に対処する

より安らかに死を迎えるために

 

今の苦しみ(の受け止め方)を

和らげるツールみたいなものだな、

と感じる、ということですね。

 

危機的な痛みを

感じるタイミングを

少し先にズラしたり

 

本当は今悲しみ

苦しんでおいたほうがよいであろうことを

曖昧にし

消散させたりする。

(それらは、時期がズレた状態で、形を変えた苦しみとして浮上してくる)

 

だから役に立たない、

ということではありません。

 

過大な期待の元に

依存するものではない、

ということです。

 

瞑想にも似たところがありまして

気持ちのよい瞑想で

一日が始まれば

一日を気分よく過ごすことができ

幸先が良いような感じもありますが

 

気持ちの悪いところを

避けて通る瞑想は

 

人生全体から見たら

病を温存しつつ

生きるための

「緩和ケア」

「ターミナルケア」

みたいなものであって

 

根本的なところから

その人や

人生を変えるものではありません。

 

自作の妄想のなかで

酔いしれつつ

人生を終えるのでよければ

そういう瞑想でも

いいのかもしれません。

 

私自身も

「酔いしれ瞑想」

を長く、実践してまいりました。

 

しかし

ここらで

「瞑想」への取り組み方を

変えていかねば、と考えています。

 

オススメ関連記事: