先週末は、東京・神奈川へ出かけていました。

葉山はつつじがキレイでしたよ。

1461581893104

我が家のつつじも、日々開花し続けています。

 

東京へは、瞑想セミナー参加のために行きました(フルフィルメント瞑想ではありません)。

私にとって、フルフィルメント瞑想は、パノラマ瞑想。

愛、豊かさ、叡智、統合など、それぞれのスポットへ連れていってくれます。

体験と気づきが、ある程度、そのマントラのテーマに従って生じます。

テーマに対して、梯子をかけてくれるのが、マントラであり、ヤントラです。

ドラマチックで、寄り道の少ない瞑想法だと思います。

 

私も、何から何まで、瞑想と名の付くものを学んだり、実践したりしているわけではありません。

しかし、フルフィルメント瞑想以外をよく知らずして、フルフィルメント瞑想の優位性を語るのは、私の感覚からすると違和感があるので、ピンときた瞑想法を試みています。

今回のセミナーもそのひとつ。

20代の頃、瞑想を学んでいたところに行きました。

 

今回は、思考から離れて感覚を大切にする瞑想、そして、思考(雑念)を活用する瞑想という、対照的な瞑想の仕方を学んできました。

なかでも後者は、面白い。

 

浮かんだ思考(雑念)に対して、“考え抜く” ということをします。

そこから分かったことがあります。

 

“考え抜く” というのは、とてつもないエネルギーを必要とする、ということ。

瞑想時、そうでないときを含め、“考え抜く” ということを、私たちはしていないし、上手に避けている、ということ。

考えているふりをして、しんどい内的作業や、見たくない感情や、本音を避けています。

 

そして、“考え抜く” ことは、心(主に感情と思考)において、とても大きな解放をもたらす瞑想につながる、ということ。

これをやり遂げると、すごいことが起きる気がしています。

 

「霊的な成長を遂げれば、肉体、感情、思考の課題が自ずと解決する、そんなふうに私たちは考え、日常生活における行(ぎょう)ばかりを大切にしがち。しかし、肉体には肉体の、感情には感情の、思考には思考のニーズがあり、その部分までもが整わないと、進化はありません」

なるほど、と思いました。

 

オススメ関連記事: